俺がしあわせにします

俺をつくるもの

どうやってここへたどり着いたかも、はっきりとは覚えていなかった。

目の前にあるのは、見慣れた茶色い木製の扉。「営業中」と書かれた札が下がっている。

キィと扉を開けると、店主がものすごい勢いで飛んできた。

「颯多？！どうしたのその恰好！ずぶ濡れじゃん！！」

店主は持ってきたタオルで俺の頭や身体を拭きながら、話しかける。

「カサは？てか、おまえ顔色悪いぞ、大丈夫か？」

俺がぼーっとしていると、手のひらをおでこに当てた。

「熱はないみたいだな」

そう言って、俺をカウンター席へ座らせた。

「おまえ身体冷えてる。今熱いお茶入れるね」

彼はカウンターの中に入っていった。

程なくして、俺の前に湯気を立てた緑茶が置かれた。

「ほら、とにかく、これ飲んであったまって」

彼の手が俺の肩に触れた。
俺はさっきまで動かすことができなかった手を動かすことができた。湯飲みに手を添え、顔を上げて、目の前の男を視界に入れた。

いつも通りの顔がそこにあった。

「ハル・・・」

俺は男の名前を呼んだ。

俺が言葉を発したことに安心したのか、ハルは笑顔になった。

「何？修二（しゅうじ）呼ぶ？」

そう言って俺に笑いかけた。

「いや、いいよ。あいつも暇じゃないだろうし」

俺は断ったのだが、ハルはスマホをいじり出した。

「送信っと」

最後に画面をタップして、俺に向き直る。

「いいじゃん、ちょっと久しぶりだし。すぐかかってくると思うよ」

いたずらっ子のように目を輝かせる。
そしてすぐに、ハルのスマホが鳴った。

ほらねと言わんばかりの笑顔を俺に向けると電話に出る。
もちろん相手は修二だ。

「さっすが修二！早いね。え？懇親会？それ、これより大事なの？」

「うん、じゃあ飯にしようよ」

「うん、待ってる」

最後の待ってるは気のせいか？ハートマークがついてたような。

スマホをエプロンのポケットにしまうと、満面の笑みを浮かべて俺を見る。

「来るって」

「でも、なんか予定あったんじゃないの？修二」

「ないでしょ。ここに来るより大事な用事なんかあいつには」

何食わぬ顔で言うと、ドアに向かう。
扉を開けて営業中の札をひっくり返したようだ。
そして、空を見上げて呟いた。

「雨、止まないね」