舞い散る淡いさくらの花びら
そのカフェはすごく近所にあるのに、一度も行った事がなくて長い間ずっと気になっていた場所だった。

しばらく家から出ていないと私が言うと、「希緒の家の近くまで行くよ」とエミちゃんが言って、一番に思いついたのがこのカフェだった。

久しぶりに会うエミちゃんはよりパワーアップしている感じに見えた。
昔からちょうど良く力が抜けてナチュラルで、いつ会っても気のいい彼女は私の高校時代からの数少ない大切な親友だった。
出産して数年後、地元を離れて沖縄に移住した彼女とは時々連絡は取り合っていたけれどこうしてちゃんと会うのは6年ぶりだろうか。
店の前で待ち合わせをして再会を喜び合いながら私たちは店内に入った。

店内は思っていた雰囲気と全然違った。

いつもスーパーに行く途中、外から見ていたまったりした暗い印象とは程遠い、明るい店内の様子に私は静かに驚いた。
ふわっとした柔らかい感じの店の奥さんに案内され、すみっこの落ち着いたソファ席に私たちは腰を下ろした。

「うちに来てもらっても良かったのに。」

「いいの。今回は希緒を外に出す事が私の大事な仕事なの。」

「貴重な時間をありがとう。こうして会えて本当に嬉しいよ。」

私が言うと、エミちゃんは恥ずかしそうな、でも心からの笑顔を見せてくれた。
この人を前にすると、いつも一瞬で気持ちが解放される。
私は自分で長い事せき止め澱んでいた感情を、言葉を選ぶ事すら迷わず次から次へとエミちゃんに話した。

それは本当に取るに足らない事ばかりだった。
口内炎を繰り返して辛いとか、前よりも目が乾きやすくなったとか、歯科に行けなくて悪化した歯茎の痛みの事とか。
食材は宅配に頼りっきりだけど、いくつか得意料理が増えた事。
映画を観るようになって、映画好きの理人くんと自然と会話が増えたこと。
悪い事もいい事も次から次に話した。

聞き上手な、というより聞き出し上手なエミちゃんは私のとりとめのない話を上手に展開させていってくれた。
浮腫んで呼吸しづらくなっていた臓器がすっきりと元のかたちに戻るように、私は自分がどんどん楽になっていくのが分かった。
今までのダメで滑稽な引きこもりの日々が、エミちゃんによって肯定されていくような感覚。
私は楽になった身体で、思い切り息を吸って静かに吐いた。
オーダーした程よく甘くて柔らかい味のチャイは、ほんの少し冷め、時間の経過を優しく伝えた。

「それで希緒は、本当にずうっと一歩も外に出ていないの?」

優しくて人懐っこいエミちゃんの声に私は首を横に振った。

「何回か出かけたよ。でも子供連れのお母さんを見かける度に心が折れちゃうの。なんかね、私は一生子どもは生めないんだって気持ちになっちゃうんだ。」

「そんな事ないよ。今回残念だったからって次も同じになるとは限らない。」

「それは私もそう思う。でも心から生みたいと思える日が来ない気がする時点で、もうダメかなぁって思う。子どもを欲しいと思えない自分をすごく恨めしく感じるの、子どもを連れてる笑顔のお母さんを見るとね。」

ため息をつきながら、私は力無く笑った。
エミちゃんに甘えている自分はまるで子供のようだと思った。
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