舞い散る淡いさくらの花びら
「私もね。」

エミちゃんがまるで遠くに話しかけるようにそっと言った。

「リマが2、3歳の時にはよく『2人目は?』って周りに聞かれたよ。中には2人以上生むのが当たり前のように接してくる人もいて驚きというか不思議だったなぁ。私は1人育てるのがやっとだったし、少し楽になってきたら今度はリマと自分1対1の感じが心地よくなってしまって、ここにもう1人増えるのは勘弁だなぁってそんな感覚にさえなっちゃって。」

「へぇ…。そんな風な感覚になるんだね。」

エミちゃんなんて余裕で育児をこなしていそうだと私は勝手に思っていた。
2人でも3人でもどんどん生んで育ててしまえそうなイメージすら持っていたから意外だった。

「そう、私はね。でも伊佐くんは違ってて。家族3人で成り立っているのだからこれで十分だと私は思うのに、どうしてももう1人子供が欲しいって言うの。それで彼の気持ちがあまりにもずっと変わらないからなんとなく伊佐くんの希望に応えようかなぁとある日思ったら本当に私、妊娠したの。」

「え…!2人目を?」

エミちゃんは頷いて、目の前のコーヒーを飲んだ。

「うん、そう。妊娠したと思ったらすぐダメになってしまった。当たり前だよね、本当に欲しかったわけじゃないんだもの。身体は正直だなぁと思ったよ。」

「そうだったの…。エミちゃんも、そんな事があったんだね。」

エミちゃんがふわっと笑った。
子供を生んで育てて、それを経験していない私には分からない気持ちを確実に彼女は知っているのに、その上子供を失った気持ちまで知っていたなんて。

「うん。でも、妊娠発覚からダメになるまでの間ずっと、一度も嬉しい気持ちにならなかったの。こんなにも自分は子供を望んでいなかったのか、と驚いちゃった。身体はすごく辛かったけどね。心は伊佐くんの方が辛かったと思う。それで、当たり前のようにお腹の中で育って生まれて元気に大きくなったリマの事が奇跡だと思った。この世には、どうしても子供が欲しくてもなかなか授かれない人もいるんだということも、たとえ妊娠できても育つとは限らないということも、生まれてきても何か障害を抱えながら生きる事も十分にあるという事も、すごく考える機会になった。」

「うん…。」

私はうまく伝えられない気持ちになって思わず泣いていた。
短い妊娠期間中、一体自分は何を考えていたのだろう。
ただダメになった時の哀しみとか処置への恐怖とか。
そんな事ばかりが大きすぎてずっと記憶を支配されてしまっていたけれど、たしかにあの時、私は嬉しいと思ったのだ。

妊娠を始めて知った時。

それを伝えた時の理人くんの嬉しそうな表情を、私はずっと忘れていた。
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