小っさいおっさんの、大きな野望~アイドルHinataの恋愛事情【2】~
09 『戦友』みたいなもん。
それから、一週間後。
その日も『しぐパラ』の収録日で、一週間ぶりに道坂サンを見たんです。
仕事はちゃんと普段どおりにこなしてるんですけど。
休憩時間になると、かばんからミュージックプレイヤーを手にとって。
聴こうか、どうしようか、と迷っている感じでミュージックプレイヤーを見つめた後。
最終的には、聴かずにかばんの中に突っ込む、ということを、何度も繰り返してたんですわ。
そんな道坂サンを見ていたボクのところへ、『しぐパラ』メンバーの一人、河野クンがなにやら興奮気味に近づいてきた。
河野クンの手には、スポーツ新聞が握られている。
「阿部さん、これ見てくださいよ。ビッグニュース!!」
ボクは、河野クンから受け取った新聞を広げた。
「…………は? 何っ!?」
その新聞の一面にでかでかと書かれていたのは。
『Hinata高橋諒とAndanteなーこ、熱愛発覚!』の文字。
あと、二人の写真も。
記事には、『高橋諒となーこが、仲よさそうに、大阪にある高橋諒の実家に入っていった』とある。
実家に行ったということは。
なーこちゃんの方が、本命やっちゅうことか?
「何見てるの?」
背後から覗き込んだのは、道坂サンだった。
「あ、いや…………」
新聞を隠そうかと一瞬思ったけれど、そんな行動したら怪しいし。
それ以前に、既に道坂サンは新聞を見て、固まっている。
「すごいですよね、この二人。スーパーアイドル同士じゃないですか。どうみても、美男美女で、お似合いですよねぇ!」
河野クンは、のんきにはしゃいでいる。
「……ふぅん。そうね、お似合いよね」
道坂サンは半笑いで言うと、手に持っていたミュージックプレイヤー(また持ってたんかい)を、それまでよりもひときわ乱雑にかばんに投げ入れた。
「……あれ、道坂サン、中国語の勉強はもういいんっすか?」
ボクの問いに、道坂サンは動きを止めた。
そして、ため息をつくと、さっきと同じ半笑いになって、
「いいの。もう全然興味ないし。……関係ないもの」
道坂サンはスタッフに呼ばれてその場を離れた。
残された道坂サンのかばんから、さっきのミュージックプレイヤーが少しはみ出している。
……何か、あるんやろか。
ボクはこっそりと、そのミュージックプレイヤーを取り出して聴いてみた。
ん……?これは、少なくとも『中国語講座』ではないな。
ボクは聴いたことないけれど、男性のアーティストの曲。
次の曲に飛ばしてみると……今度は、別の男性のアーティスト。
これも、聴いたことないな。
さらに、その次の曲に飛ばした。
……ん、これはどこかで聴いたことがある。
なんやったっけ……あ、そうそう。思い出した。
少し古いけど、この曲、『Hinata』の曲や。
……ってことは、その前の2曲は、『Hinata』メンバーのソロ曲?
もう一度、2曲前に戻って聴いてみる。
……アカン、ボクにはわからへん。
「ちょぉーっと、お願いしたいことがあるんやけど」
その日の夜(……といっても、日付も変わった深夜)、ボクはラジオ局にいた。
毎週、コンストラクションがやってるラジオの生放送。
いまは、その生放送が始まる40分前だ。
「阿部さん、珍しいですね、こんなに早くに来られるの」
ラジオ番組のスタッフが少々驚いている。
「いつも、すんませんね、遅刻ギリギリで」
「いえいえいえいえ。……で、お願いしたいことって、なんです?」
「あ、そうそう。ちょっと聴きたい曲があるねんけど」
「今日、流すんですか?」
『流すんですか』というのは、もちろん『ラジオの番組で使うのか』という意味。
「いや、個人的に聴きたいんやけど。『Hinata』の……アルバムやと思うんやけど、ある?」
「もちろん、ウチには、ない曲なんて、ないですよ。『Hinata』のどのアルバムですか?」
「それが……わからへんのやけど、シングルで、こんな曲あったでしょ?」
ボクは、道坂サンのミュージックプレイヤーで聴いた曲の中で、唯一知っていた曲を口ずさんでみた。
「あぁ、はいはい。ちょっと前の曲ですね」
「その曲が入ってるアルバムを、探してきてほしいんやけど」
「……アルバムを、ですか?」
「そやねん。多分、『Hinata』のメンバーのソロ曲が入ってると思うねんけど」
スタッフは、少々不思議がってる表情になったが、笑顔で答えた。
「わかりました。すぐに準備しますね」
その5分後には、スタッフが戻ってきた。
「これですね。いま、聴かれますか?」
「うん、お願い」
スタッフが、なんやようわからん機械にCDをセットすると、曲が流れてきた。
「さっきの、阿部さんが言ってたシングルの曲は、これですね」
「そうそう。これって、1曲目?」
「いえ、6曲目です」
「じゃぁ、この2つ前の曲にしてくれる?」
「2つ前……ですか?」
流れていた曲が途切れて、別の曲が流れる。
最初に道坂サンのミュージックプレイヤーから流れてきた曲に間違いない。
「これ、一人で歌ってはるよね。誰が歌ってんの?」
「え? ……えっと」
スタッフが、曲目リストを確認する。
「……『Ryo Takahashi』。高橋諒くんですね」
やっぱり、道坂サンがいつも聴いていたのは、高橋クンの曲やった。
この間の年末特番でボクらが仕掛けたドッキリで怖い思いしている間も手放さなかった、ミュージックプレイヤー。
きょうは、朝から休憩のたびに手にとって聴くのを何度も迷って。
あの新聞記事を見て乱雑にかばんに投げ入れた後は、一度も手にすることはなかった。
道坂サンの、高橋クンに対する気持ちが、そのまま行動に出たと考えていいと思う。
やっぱり、相当ショックやったんちゃうやろか。
どこかで、信じていたかったんちゃうやろか……。
あの記事を見た後の、道坂サンの半笑いの表情は。
『信じてた私が、バカだったのよ』みたいな感じやった。
…………許せへん。
ボクら、コンストラクションにとって、道坂サンは長いこと一緒に『しぐパラ』やってきた、言うてみれば『戦友』みたいなもんや。
とても、大事な『仲間』や。
それを、3年間も騙しておいて、こんな形で彼女を傷つけるなんて。
ボクは、高橋クンを許せへん。
「……あの高橋のヤロー、絶対許せん」
ラジオの生放送ギリギリでやってきた花本サンも、ボクと同じ気持ちだったようだ。
「花本サン、気持ちはボクも同じですけど、いまからラジオの生放送なんで、とりあえず落ち着いてもらえませんか?」
「これが、落ち着いていられるか? ふざけるのもいい加減にしろっつーの」
花本サンは、テーブルをバンッと叩いた。
そして、ラジオの生放送が始まってからも、花本サンはほとんど無言のままだった。
その日も『しぐパラ』の収録日で、一週間ぶりに道坂サンを見たんです。
仕事はちゃんと普段どおりにこなしてるんですけど。
休憩時間になると、かばんからミュージックプレイヤーを手にとって。
聴こうか、どうしようか、と迷っている感じでミュージックプレイヤーを見つめた後。
最終的には、聴かずにかばんの中に突っ込む、ということを、何度も繰り返してたんですわ。
そんな道坂サンを見ていたボクのところへ、『しぐパラ』メンバーの一人、河野クンがなにやら興奮気味に近づいてきた。
河野クンの手には、スポーツ新聞が握られている。
「阿部さん、これ見てくださいよ。ビッグニュース!!」
ボクは、河野クンから受け取った新聞を広げた。
「…………は? 何っ!?」
その新聞の一面にでかでかと書かれていたのは。
『Hinata高橋諒とAndanteなーこ、熱愛発覚!』の文字。
あと、二人の写真も。
記事には、『高橋諒となーこが、仲よさそうに、大阪にある高橋諒の実家に入っていった』とある。
実家に行ったということは。
なーこちゃんの方が、本命やっちゅうことか?
「何見てるの?」
背後から覗き込んだのは、道坂サンだった。
「あ、いや…………」
新聞を隠そうかと一瞬思ったけれど、そんな行動したら怪しいし。
それ以前に、既に道坂サンは新聞を見て、固まっている。
「すごいですよね、この二人。スーパーアイドル同士じゃないですか。どうみても、美男美女で、お似合いですよねぇ!」
河野クンは、のんきにはしゃいでいる。
「……ふぅん。そうね、お似合いよね」
道坂サンは半笑いで言うと、手に持っていたミュージックプレイヤー(また持ってたんかい)を、それまでよりもひときわ乱雑にかばんに投げ入れた。
「……あれ、道坂サン、中国語の勉強はもういいんっすか?」
ボクの問いに、道坂サンは動きを止めた。
そして、ため息をつくと、さっきと同じ半笑いになって、
「いいの。もう全然興味ないし。……関係ないもの」
道坂サンはスタッフに呼ばれてその場を離れた。
残された道坂サンのかばんから、さっきのミュージックプレイヤーが少しはみ出している。
……何か、あるんやろか。
ボクはこっそりと、そのミュージックプレイヤーを取り出して聴いてみた。
ん……?これは、少なくとも『中国語講座』ではないな。
ボクは聴いたことないけれど、男性のアーティストの曲。
次の曲に飛ばしてみると……今度は、別の男性のアーティスト。
これも、聴いたことないな。
さらに、その次の曲に飛ばした。
……ん、これはどこかで聴いたことがある。
なんやったっけ……あ、そうそう。思い出した。
少し古いけど、この曲、『Hinata』の曲や。
……ってことは、その前の2曲は、『Hinata』メンバーのソロ曲?
もう一度、2曲前に戻って聴いてみる。
……アカン、ボクにはわからへん。
「ちょぉーっと、お願いしたいことがあるんやけど」
その日の夜(……といっても、日付も変わった深夜)、ボクはラジオ局にいた。
毎週、コンストラクションがやってるラジオの生放送。
いまは、その生放送が始まる40分前だ。
「阿部さん、珍しいですね、こんなに早くに来られるの」
ラジオ番組のスタッフが少々驚いている。
「いつも、すんませんね、遅刻ギリギリで」
「いえいえいえいえ。……で、お願いしたいことって、なんです?」
「あ、そうそう。ちょっと聴きたい曲があるねんけど」
「今日、流すんですか?」
『流すんですか』というのは、もちろん『ラジオの番組で使うのか』という意味。
「いや、個人的に聴きたいんやけど。『Hinata』の……アルバムやと思うんやけど、ある?」
「もちろん、ウチには、ない曲なんて、ないですよ。『Hinata』のどのアルバムですか?」
「それが……わからへんのやけど、シングルで、こんな曲あったでしょ?」
ボクは、道坂サンのミュージックプレイヤーで聴いた曲の中で、唯一知っていた曲を口ずさんでみた。
「あぁ、はいはい。ちょっと前の曲ですね」
「その曲が入ってるアルバムを、探してきてほしいんやけど」
「……アルバムを、ですか?」
「そやねん。多分、『Hinata』のメンバーのソロ曲が入ってると思うねんけど」
スタッフは、少々不思議がってる表情になったが、笑顔で答えた。
「わかりました。すぐに準備しますね」
その5分後には、スタッフが戻ってきた。
「これですね。いま、聴かれますか?」
「うん、お願い」
スタッフが、なんやようわからん機械にCDをセットすると、曲が流れてきた。
「さっきの、阿部さんが言ってたシングルの曲は、これですね」
「そうそう。これって、1曲目?」
「いえ、6曲目です」
「じゃぁ、この2つ前の曲にしてくれる?」
「2つ前……ですか?」
流れていた曲が途切れて、別の曲が流れる。
最初に道坂サンのミュージックプレイヤーから流れてきた曲に間違いない。
「これ、一人で歌ってはるよね。誰が歌ってんの?」
「え? ……えっと」
スタッフが、曲目リストを確認する。
「……『Ryo Takahashi』。高橋諒くんですね」
やっぱり、道坂サンがいつも聴いていたのは、高橋クンの曲やった。
この間の年末特番でボクらが仕掛けたドッキリで怖い思いしている間も手放さなかった、ミュージックプレイヤー。
きょうは、朝から休憩のたびに手にとって聴くのを何度も迷って。
あの新聞記事を見て乱雑にかばんに投げ入れた後は、一度も手にすることはなかった。
道坂サンの、高橋クンに対する気持ちが、そのまま行動に出たと考えていいと思う。
やっぱり、相当ショックやったんちゃうやろか。
どこかで、信じていたかったんちゃうやろか……。
あの記事を見た後の、道坂サンの半笑いの表情は。
『信じてた私が、バカだったのよ』みたいな感じやった。
…………許せへん。
ボクら、コンストラクションにとって、道坂サンは長いこと一緒に『しぐパラ』やってきた、言うてみれば『戦友』みたいなもんや。
とても、大事な『仲間』や。
それを、3年間も騙しておいて、こんな形で彼女を傷つけるなんて。
ボクは、高橋クンを許せへん。
「……あの高橋のヤロー、絶対許せん」
ラジオの生放送ギリギリでやってきた花本サンも、ボクと同じ気持ちだったようだ。
「花本サン、気持ちはボクも同じですけど、いまからラジオの生放送なんで、とりあえず落ち着いてもらえませんか?」
「これが、落ち着いていられるか? ふざけるのもいい加減にしろっつーの」
花本サンは、テーブルをバンッと叩いた。
そして、ラジオの生放送が始まってからも、花本サンはほとんど無言のままだった。