小っさいおっさんの、大きな野望~アイドルHinataの恋愛事情【2】~
01 監視スタート。
確か、二人の関係が公になる、半年くらい前の夏ことですわ。
「最近、道坂の様子、おかしないか?」
『しぐパラ』の収録の合間に、花本サンが突然言い出した。
まぁ、この手の話は、よくするんですわ。
花本サン、共演者のことよく見てますから。
「道坂サンですか? そうですかねぇ。おかしいって、例えば?」
「例えば……こう、ハジけてないっていうか。おとなしいっていうか」
「んー、言われてみれば、そうかもわかりませんねぇ」
「あいつ、恋でもしてんとちゃう? 昔から、好きな人とかできるとあんななるよな。まぁ、いつも片思いで終わってまうけど」
片思いで終わってるのは、『しぐパラ』で潰しにかかってるからなんと違いますか?
と、思ったけれど、言わなかった。
「いっちょ、さぐってみよかな」
「花本サン、そういうのそろそろやめにしません? 人の恋路をジャマしたかて、しゃーないですやん」
「『モテない芸人』はフラれてなんぼや。そうやって、笑いをとったらええねん」
「ホンマに、そう思ってはるんですか?」
花本サンはほんの一瞬、表情を硬くした。
「……思ってるよ。なんや、『モテる芸人』は余裕やな」
「そんなことないですよ。知ってるでしょ? 実際のボクがモテへんの」
ボクが笑顔を作って言うと、花本サンは小さくため息をついた。
「オレらのことは、どーでもええねん。いまは、道坂のことやねん。別に、フラれたらええとか、ジャマしたるとか、そんなこと考えてんのと違うよ。見守ったらなあかんってことや」
「ホンマですか?」
「ホンマや。もし、万が一にもうまくいくようなことがあったら、ドキュメンタリーみたくしたったらええがな」
うまくいく方が、『万が一』なんすか?
「よし、そうと決まったら、さっそくスタッフに相談してやな。あ、ちょっとそこのスタッフ……」
そんな感じで、道坂サンの『監視』が始まったわけです。
「……で、どうやった?」
一週間後、『監視』を命じられていた『諜報部員』とも言うべきスタッフの水野クンが、ボクらのところへ報告にきた。
この水野クンは、まだ『しぐパラ』のスタッフになりたて……というか、見習い的な感じで、まだメンバーには顔が知られていない、ということで、花本サンがこの任務を命じた。
「えぇ、あの……道坂サンに、親しい男性がいるのは、確かなようなんですが……」
「え? マジで?」
「はい。……でも、どういう関係なのかまでは、まだ掴めていません」
「まぁ、まだ一週間やしな。その、親しい男性って、どんな相手?」
花本サンの問いに、水野クンは一枚の写真を見せた。
「……これ?」
「はい」
「えらい、若いやないか。まだ30前か、ヘタしたら25くらいなんと違う?」
花本サンが言うので、ボクもその写真を覗き込んだ。
……確かに、若い。
花本サンの言うとおり、25~30歳くらいに見える男性。
道坂サンは、ボクら(ボク38歳で、花本サンは39歳)とそう変わりない年齢だから、10歳前後も年下の男性、ということになる。
しかも、なかなかのイケメンさん。
……あれ、この顔、どこかで見覚えがあるような、……ないような。
「これは、あり得へんやろ」
花本サンは、写真を水野クンに突っ返した。
「僕も、最初はそう思ったんです。……ですが、この一週間で、道坂さんはこの男性と3回会ってまして、そのうちの2回は一緒に食事されてたんですが……」
水野クンは、口篭もってしまった。
「なんや、残りの1回は、どないやってん?」
花本サンが眉をひそめて言うので、水野クンは仕方なく、口を開いた。
「……道坂さんの自宅近くにある、その男性が住んでると思われるマンションに、二人で入っていくのを見ました。その直前には、近所のスーパーに二人で寄って買い物をしています。道坂さんがそのマンションを出たのは、それから約3時間後です」
「なんやて?」
花本サンは、開いた口が塞がらない、といった感じだ。
「弟、とかなんと違います?」
それまでずっと黙って聞いていたボクは、少々面倒なことになったな、と思いながら話し始めた。
「あいつに、弟がいるなんて話、聞いたことないで?」
「じゃぁ、イトコとか……身内ですよ、きっと」
「……水野は、どう思うねん?」
「はい?」
「この二人見て、どういう関係やと思った? って聞いてんねん」
水野クンはしばらく考えて、
「……微妙ですね。ただの知り合い、ではないと思いますが、お付き合いしているのか、というと、まだ断定できるほどの……決定打みたいなものがありません。身内の方、という線も、完全否定はできないと思いますし」
水野クンの答えを聞いて、花本サンは煙草に火をつけた。
「情報が足りんということか。まだ、一週間やもんな。……じゃぁ、水野は『監視』を続行して、何か変わったことがあったら報告して。今度は、V撮ってきてな」
「は……、はい」
『V』というのは『VTR』のことで、要するに『ビデオ』で現場を押さえてこいということだ。
「水野クン、ごめんなぁ。こんな面倒なこと頼んで……」
「いえ。コンストラクションさんのお役に立てるなら、なんでもしますよ」
水野クンは、さわやかな笑顔を残して去っていった。
確かに。
その頃の道坂サンは、ちょっと様子がおかしかったのは、事実ですわ。
特に、『恋愛の話』になると急におとなしくなってしもて。
花本サンが言うてはったみたいに、『恋でもしてるんちゃうかな』ってボクも思ってました。
いま考えると、高橋クンと付き合い始めた3年くらい前から、少しずつそういう『変化』みたいなもんがあったんでしょうけど。
この頃には、いつも仕事で顔を合わせているボクや花本サンにもハッキリとわかるくらい、その『変化』が顕著になってきていた、とでもいいますか。
仕事でのキャラと、プライベートでの自分との『ズレ』ができてたんでしょうね。
わかりますよ。こういう仕事してるとね、そういう『ズレ』って多かれ少なかれ、誰にでもあります。
ただね、その頃はやっぱりボクらも、道坂サンのこと『恋愛経験のないモテない芸人』として見てましたから。
まさか、あの写真の『若いイケメンさん』が。
『もしかしたら、付き合うてるんとちゃう?』というだけでも、十分驚きに値する出来事だったわけですけど。
あの、超人気アイドルグループ『Hinata』の高橋諒クンだなんてことは、とてもじゃないけれど気づくはずもなかったわけです。
「最近、道坂の様子、おかしないか?」
『しぐパラ』の収録の合間に、花本サンが突然言い出した。
まぁ、この手の話は、よくするんですわ。
花本サン、共演者のことよく見てますから。
「道坂サンですか? そうですかねぇ。おかしいって、例えば?」
「例えば……こう、ハジけてないっていうか。おとなしいっていうか」
「んー、言われてみれば、そうかもわかりませんねぇ」
「あいつ、恋でもしてんとちゃう? 昔から、好きな人とかできるとあんななるよな。まぁ、いつも片思いで終わってまうけど」
片思いで終わってるのは、『しぐパラ』で潰しにかかってるからなんと違いますか?
と、思ったけれど、言わなかった。
「いっちょ、さぐってみよかな」
「花本サン、そういうのそろそろやめにしません? 人の恋路をジャマしたかて、しゃーないですやん」
「『モテない芸人』はフラれてなんぼや。そうやって、笑いをとったらええねん」
「ホンマに、そう思ってはるんですか?」
花本サンはほんの一瞬、表情を硬くした。
「……思ってるよ。なんや、『モテる芸人』は余裕やな」
「そんなことないですよ。知ってるでしょ? 実際のボクがモテへんの」
ボクが笑顔を作って言うと、花本サンは小さくため息をついた。
「オレらのことは、どーでもええねん。いまは、道坂のことやねん。別に、フラれたらええとか、ジャマしたるとか、そんなこと考えてんのと違うよ。見守ったらなあかんってことや」
「ホンマですか?」
「ホンマや。もし、万が一にもうまくいくようなことがあったら、ドキュメンタリーみたくしたったらええがな」
うまくいく方が、『万が一』なんすか?
「よし、そうと決まったら、さっそくスタッフに相談してやな。あ、ちょっとそこのスタッフ……」
そんな感じで、道坂サンの『監視』が始まったわけです。
「……で、どうやった?」
一週間後、『監視』を命じられていた『諜報部員』とも言うべきスタッフの水野クンが、ボクらのところへ報告にきた。
この水野クンは、まだ『しぐパラ』のスタッフになりたて……というか、見習い的な感じで、まだメンバーには顔が知られていない、ということで、花本サンがこの任務を命じた。
「えぇ、あの……道坂サンに、親しい男性がいるのは、確かなようなんですが……」
「え? マジで?」
「はい。……でも、どういう関係なのかまでは、まだ掴めていません」
「まぁ、まだ一週間やしな。その、親しい男性って、どんな相手?」
花本サンの問いに、水野クンは一枚の写真を見せた。
「……これ?」
「はい」
「えらい、若いやないか。まだ30前か、ヘタしたら25くらいなんと違う?」
花本サンが言うので、ボクもその写真を覗き込んだ。
……確かに、若い。
花本サンの言うとおり、25~30歳くらいに見える男性。
道坂サンは、ボクら(ボク38歳で、花本サンは39歳)とそう変わりない年齢だから、10歳前後も年下の男性、ということになる。
しかも、なかなかのイケメンさん。
……あれ、この顔、どこかで見覚えがあるような、……ないような。
「これは、あり得へんやろ」
花本サンは、写真を水野クンに突っ返した。
「僕も、最初はそう思ったんです。……ですが、この一週間で、道坂さんはこの男性と3回会ってまして、そのうちの2回は一緒に食事されてたんですが……」
水野クンは、口篭もってしまった。
「なんや、残りの1回は、どないやってん?」
花本サンが眉をひそめて言うので、水野クンは仕方なく、口を開いた。
「……道坂さんの自宅近くにある、その男性が住んでると思われるマンションに、二人で入っていくのを見ました。その直前には、近所のスーパーに二人で寄って買い物をしています。道坂さんがそのマンションを出たのは、それから約3時間後です」
「なんやて?」
花本サンは、開いた口が塞がらない、といった感じだ。
「弟、とかなんと違います?」
それまでずっと黙って聞いていたボクは、少々面倒なことになったな、と思いながら話し始めた。
「あいつに、弟がいるなんて話、聞いたことないで?」
「じゃぁ、イトコとか……身内ですよ、きっと」
「……水野は、どう思うねん?」
「はい?」
「この二人見て、どういう関係やと思った? って聞いてんねん」
水野クンはしばらく考えて、
「……微妙ですね。ただの知り合い、ではないと思いますが、お付き合いしているのか、というと、まだ断定できるほどの……決定打みたいなものがありません。身内の方、という線も、完全否定はできないと思いますし」
水野クンの答えを聞いて、花本サンは煙草に火をつけた。
「情報が足りんということか。まだ、一週間やもんな。……じゃぁ、水野は『監視』を続行して、何か変わったことがあったら報告して。今度は、V撮ってきてな」
「は……、はい」
『V』というのは『VTR』のことで、要するに『ビデオ』で現場を押さえてこいということだ。
「水野クン、ごめんなぁ。こんな面倒なこと頼んで……」
「いえ。コンストラクションさんのお役に立てるなら、なんでもしますよ」
水野クンは、さわやかな笑顔を残して去っていった。
確かに。
その頃の道坂サンは、ちょっと様子がおかしかったのは、事実ですわ。
特に、『恋愛の話』になると急におとなしくなってしもて。
花本サンが言うてはったみたいに、『恋でもしてるんちゃうかな』ってボクも思ってました。
いま考えると、高橋クンと付き合い始めた3年くらい前から、少しずつそういう『変化』みたいなもんがあったんでしょうけど。
この頃には、いつも仕事で顔を合わせているボクや花本サンにもハッキリとわかるくらい、その『変化』が顕著になってきていた、とでもいいますか。
仕事でのキャラと、プライベートでの自分との『ズレ』ができてたんでしょうね。
わかりますよ。こういう仕事してるとね、そういう『ズレ』って多かれ少なかれ、誰にでもあります。
ただね、その頃はやっぱりボクらも、道坂サンのこと『恋愛経験のないモテない芸人』として見てましたから。
まさか、あの写真の『若いイケメンさん』が。
『もしかしたら、付き合うてるんとちゃう?』というだけでも、十分驚きに値する出来事だったわけですけど。
あの、超人気アイドルグループ『Hinata』の高橋諒クンだなんてことは、とてもじゃないけれど気づくはずもなかったわけです。