街のパン屋にはあやかしが集う
正視出来ない私を不思議そうに見ている彼は、勢い良く隣に座って来た。私の顔を見るなり、右手の指先で顎を上に向けた。

「…桜花さん、契りを交わすと言ってたでしょう?どんなものか知りたくないですか?」

「はい、知りたくはありますが…契りはまだ交わしませんよ」

「ふふっ、分かってますよ。例えば桜花さんが妖になりたければ私の血を分け与えて、私が半妖になりたければ桜花さんの血を貰います」

「血を分け与えるってどのようにして…?」

「こんな風に血を出してから…」

後の祭りだが聞いたのが間違えていた。彼は唇を強く噛んだ仕草をした後に私の唇と重ね合わせた。更に深く侵入してきた舌に驚き、唇が離れた後に突き飛ばしてしまった。

「皇大郎さんのバカッ!」

「……ごめんなさい、余りにも桜花さんが可愛くて契りを交わす練習をしたくなりました」

「れ、練習じゃないでしょ!コレはキ…キスって言うのよ!」

「……そうでした、人間界の触れ合いは難しいですね」

「どうせ知っててやったんでしょ!」

「…っう、バレてますね」

契りが何なのかは分かったけれど、油断も隙もないんだから!

私が怒った態度をとっていると落ち込んだ彼は髪を乾かす為に洗面所へと行った。

彼の身支度が整い、私達は再び外の世界へと繰り出す。歩いている途中、様々な女性が彼を見てから私を見ている視線が痛い程に感じられる。

どうせお似合いじゃないって言いたいんでしょ?と拗ねた考えを持っている私は、彼が手を繋ごうとしてきたが拒否してしまう。

「さっきの事…、まだ怒ってます?」

「もう怒ってないです。…でも、沢山の人が居る中では手を繋ぐのは恥ずかしいです」

「それなら桜花さんを自宅に送る時に手を繋ぎましょう」

皇大郎さんって何にでも前向きだな。悪い方向には考えない彼が憎めなくて、そんな性格が可愛らしくも思う。

「…すれ違う女性が私達を見ているんですが、私と貴方じゃ釣り合わないよって言われてるみたいだから繋ぎたくないんです」

「桜花さんが可愛い過ぎるので無愛想な私が隣に居ては気の毒だと思って居るのですね…。そんな事にも気付けずに申し訳ない。もっとにこやかにしますね」

どうして、その様な発想になるのか。私こそ、拗ねていて無愛想にしていてごめんなさい。

私は彼の左手を取り、そっと繋いだ。彼があやかしだとか関係なく、誰にも渡したくなくなった。世間の目を気にしないのには無理がある。釣り合わないのは分かっている。けれども、私は彼を独占したいのだ───……
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