幻惑
その日の夜、少し早めに帰った私は リビングで寛ぐ父に、声をかけた。
 
「パパ。一度、増渕さんに会ってもらえない?」

ソファで雑誌を読んでいた父は、そっと顔を上げて 私を見る。
 
「会って、どうするんだ?」

私を見る父の目は、やっぱり優しい。
 
「一度会えば、パパも 彼がいい加減な人じゃないってわかると思うの。」

私の声は、少し震えていた。
 
「彼がいい加減かどうか、それ以前の問題だって、パパは言っただろう。」

父はそう言うと 私から目を逸らし、雑誌に目を戻した。

「だから、それは。彼の奥さんの問題で。翼君は、どうすることもできないの。」

私は、切羽詰まって涙声になる。
 
「パパは、彼がきちんと離婚するまでは、会わないよ。」

と父は言い切る。
 
「パパ。」

と言った時、私の目から涙が流れ落ちる。
 
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