幻惑
「だから別れるって。奥さんとは離婚するって言っているの。」

私は、少しも臆することなく。真っ直ぐに父を見つめて言う。

父は呆れた顔で首を振る。母は俯いて、小さくため息をついた。
　
「だったら、きちんと別れてから付き合いなさい。まだ離婚もしていないうちに、結花里と一緒になりたいなんて。論外だ。」

父が強い口調で私に言うと
　
「別れるために、翼君は家を出るのよ。私は翼君を支えたいから。翼君と一緒にいたいの。」

何度も言った言葉を私はまた繰り返す。
　
「駄目だ。離婚が成立しないうちに、一緒に暮らすなんて。絶対に駄目だ。」

どんな時でも、声を荒げない父。さっきから堂々巡りを繰り返す会話。時計が優しい音で１１時を告げた時、
　
「もういい。とにかく私は、翼君と暮らすから。」

と言って私は立ち上がる。
　
「結花里。覚悟はできているんだね。パパはお前に何があっても、助けないよ。」

部屋を出て行こうとする私に、父は冷たく言う。
　
「わかっているわ。彼と二人で、ちゃんとやっていくから。」

私はそう言うと、もう父の方を見ずに、リビングのドアを閉めた。
　


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