白雪姫に極甘な毒リンゴを 短編集


「やっと見つけたのよ。体温計。
 十環くん、
 ちょっとわきの下に入れるわよ」


 瞳を閉じたまま
 無反応な十環先輩の脇に
 十環先輩のお母さんが体温計をさした。


 今言わなきゃ。

 さっき十環先輩が
 言葉をしゃべりましたよって。


「あの……」


 私の声をかき消すように
 体温計がピーピーと鳴り出した。


「どれどれ?
 ん? 
 35.7度。
 熱は……ないわね」


「あの……さっき十環先輩が……
 目を閉じたまましゃべりましたけど」


「え?」


「結愛さんって」


 十環先輩のお母さんは
 ハッという顔をして
 何かをごまかすように
 早口でしゃべり始めた。


「十環くん、ただ寝ているだけよね?
 そうだった、そうだった。
 前にもこんなことあったもの。

 寝不足続きだと
 私が声をかけても絶対に起きないの。
 眠ったままの十環くんを車に乗せ
 学校まで送って行ったこともあるのよ。

 学校についても起きてくれないから、
 私、十環くんが起きるまで
 小学校の駐車場で
 待ち続けたんだったわ」


「良かったです。
 私が勝手に、
 病気か何かだと思い込んでしまって
 すいませんでした」


「こちらこそ、ごめんなさい。
 せっかく十環くんを
 連れてきてくれたのに
 お礼もまだだったわね。
 桃華ちゃん、本当にありがとう」


 十環先輩のお母さん。
 私のこと知ってたんだ。


 そりゃそうだよね。
 インターフォンに向かって
 『百目です』って名乗ったんだから。

 龍兄の妹ってことくらいわかるよね。


 十環先輩は私と付き合っていること
 家族に話しているのかな。

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