触れたい指先、触れられない心

「そ、それより! 廊下の先がどうなってるのか見に行きませんか?」

 強がりで提案してみたけど、我ながら無理があると思った。
 その証拠に、霞さんの表情は固まっている。


 でも、いいんだ。
 このままあの話をつづけたとこで、誰も得しない。


 わたしも、これ以上傷つきたくないし、霞さんもわたしに気を使いたくないだろうし。



「ほら、こっちに階段が……きゃっ!!」


 わたしの足元には、大きなゴキブリが……
 ゴキブリもわたしに気付いたのか、こっちへ向かってくる。



「……落ち着け。大丈夫だ」

 そう言って優しく頭を撫でてくれる霞さん。
 その気がないのならほっといてくれたらいいのに。


 なんでこの人はこんなに……思わせぶりなことをしてくるんだろう。



 気付いたらそのゴキブリはいなくなっていた。
 わたしはホッと安堵し、霞さんにお礼を言う。


「ありがとうございます……わたし、本当に虫苦手で」
「虫が苦手だったり、高いとこが怖かったり……詩音は苦手な物が多いのだな」


 霞さんの口元が微かに上がった。
 

 え、笑っ……た? 

 霞さん、わたしの事を迷惑って思っているわけではなさそう……?
 もしかしたら、わたしにもチャンスはあるのかも?

「ここの階段、登ってみませんか?」
「こういう場合、上に行くのはあまり良くない。下に降りる方が良いと思うのだが」

 そっか、もし誰かいて追いかけられた場合、下にいた方が逃げられる確率は上がるのか。



 そしてわたしたちは階段を下りた。
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