触れたい指先、触れられない心

「霞さんはどうしてこのバーに通ってるんですか?」
「……こういう話を婚約者にするのは気が引けるが、俺はただ結婚してくれる相手を探していた。別に愛などいらなく、そういう相手はここなら見つかると耳にしたものでな」


 それって俗にいう「仮面夫婦」ってやつ……?

「だが、今となっては……そのような相手と婚約しなくてよかったと思っている」
「えっ、もしかして婚約したこと後悔してますか?!」
「どうしてそうなる……。愛のない結婚をしなくてよかった。と言ったのだ」


 それって……わたしと婚約してよかったって事だよね……?
 霞さんにそんなこと言ってもらえるなんて……



「……もう遅いが帰らなくてよいのか?」

 霞さんの言葉で時間を見ると、既に終電は過ぎていた。
 どうしよう……歩いて帰るのは普通に考えて無理。


 ――こうなったら……



「あの……今日は一緒にいたいです」


 わたしの言葉で霞さんは困惑する。
 

 無言の時間は時が止まったように長く感じた。
 受け入れてもらえるのか、突き放されてしまうのか……



「詩音、そのような言葉を安易に使うな……俺を誘っているのか?」


 誘ってる……?


 ――……っ?! ちがっ、そういう意味じゃ……!

「ち、違います! ただ、今日は一緒にいてほしくて……」
「……そうやって煽るのはよせ。今日は車で送ろう、ついて来い」


 な、なんだか壮大な勘違いを生んだ気がするけれど……
 はしたない女だと思われたかな? ……そういう意味じゃないのに。

 
 まぁ、急ぐ必要はないよね。
 これからずっと一緒にいれるんだもん……ね?

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