触れたい指先、触れられない心




「俺の婚約者が……何だ?」



 え……
 見上げると、そこには霞さんがいた。
 あの時のとても冷たい目……


「霞さん! どうしてここに……? 今日は約束してなかったはず……」
「すまない、それは後だ」

 そう返すと、霞さんはわたしから離れて一歩前に出る。
 

 ……どうしようこれ、あの時のサングラス男に向けた眼と同じだ。
 これはかなり怒ってらっしゃる。

 まあ、実際わたしもかなり頭にきていた。だけどそんな事今となってはどうでもいい。


「……で? 詩音が何かしたと言うのか?」



「え……婚約者……? なんでこんな女が……」
「……何だと?」


 女の震え声に対して、霞さんは冷たく低い声で返した。
 その声と、確かに込められた殺意に女は肩を震わせた。


「ち、違うんです! この女があたしの彼氏を奪おうとして……!」


 ……は? この女一体何言って……


「こんな男にそれほど魅力があるとでも? 俺にはそうは見えないが。……詩音」


 そんなの当り前だ。
 比べられないほど霞さんは素敵で……わたしには勿体ないほどの婚約者。


「確かにわたしはこの人と付き合っていました。でも奪ったのはあなたでしょ? それに、今はもう未練なんて一ミリたりともないです。……わたしには霞さんだけです!」



「……ッ!!」

 分が悪そうに歯を食いしばり黙り込む女。
 霞さんは二人にまた一歩近付いた。


「これ以上、詩音を侮辱するのなら、海に沈めてもよいが? ……これは脅しではない。即刻この場から消え去れ」


 霞さんが二人に何を言ったのかわたしには聞こえなかったけど、二人は顔を青ざめさせながら走り去っていった。

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