触れたい指先、触れられない心

「詩音……それは本当か……?」

 霞さんの声は確かに震えていた。
 きっとここで嘘をついても、わたしは霞さんに嫌われてしまう……


 霞さんを助けるために、わたしは浮気をした悪者にならなきゃいけない。
 わたしたちは幸せにはなれないの……?




 一緒に、何気ない毎日を送りたい。
 ただ、それだけなのに……



 
 どうして、わたしはそんな平凡なことも叶えられないんだろう。




「俺のために……自分の気持ちを偽るのはやめてくれ」




 静かな空間に、霞さんの震えた声が響き渡る。
 もうやめてくれと言わんばかりに、霞さんは今にも泣きだしそうな表情をしていた。


 そしてわたしはようやく気付く。
 自分の目から涙が溢れていたことに。


「ちが……っ、これは……」


「やめてくれ……そんな顔、させたくないんだ……」


 わたしだって……霞さんにそんな顔させたくなんてなかった……
 初めて見る霞さんの表情に、わたしはただ言葉を失った。

「30分にまた来る。それまで猶予を与えよう……」


 霞さんのお父さんはそれだけ言い残して部屋を出て行った。


 わたしは一体どうすればいいの……
 どっちを選べばいいの……


 もう、分からないよ。

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