桜田課長の秘密
お友達から始めましょう
* * *
午前9時40分、始業前――
私が柱の陰から盗み見ているのは、人事2課の最奥。人気のない室内で、ひとりパソコンに向かっている桜田課長の横顔だ。
いつもと変わらず、もっさりしたスーツに時代遅れな髪形とメガネ。
けれども注意深く見れば、スッキリとした鼻梁や、引き締まった唇。背中を丸めて小さくなってはいるけれど、手足の長さは隠しきれていない。
あれほどに分かりやすい美形だというのに、〝シジミ〟のレッテルを張られただけで、誰も彼の美しさに気付かないんだから、先入観とは恐ろしいものだと思う。
ふっと、課長の視線が画面から離れた。
電話がかかってきたのだろう。スマホを耳にあてて、何かを話し始めた。
ガラス戸に隔離されているので、何を話しているのかは聞こえない。
会話が進むにつれて、課長の表情に苛立ちが浮かび、つい――と、彼の左手がマグカップに伸ばされる。
瞬間、心臓があからさまに高鳴った。
脳裏によみがえるのは、昨夜の出来事。
あの指がほんの少し手の上を滑っただけで、私は一瞬にして囚われてしまった。
午前9時40分、始業前――
私が柱の陰から盗み見ているのは、人事2課の最奥。人気のない室内で、ひとりパソコンに向かっている桜田課長の横顔だ。
いつもと変わらず、もっさりしたスーツに時代遅れな髪形とメガネ。
けれども注意深く見れば、スッキリとした鼻梁や、引き締まった唇。背中を丸めて小さくなってはいるけれど、手足の長さは隠しきれていない。
あれほどに分かりやすい美形だというのに、〝シジミ〟のレッテルを張られただけで、誰も彼の美しさに気付かないんだから、先入観とは恐ろしいものだと思う。
ふっと、課長の視線が画面から離れた。
電話がかかってきたのだろう。スマホを耳にあてて、何かを話し始めた。
ガラス戸に隔離されているので、何を話しているのかは聞こえない。
会話が進むにつれて、課長の表情に苛立ちが浮かび、つい――と、彼の左手がマグカップに伸ばされる。
瞬間、心臓があからさまに高鳴った。
脳裏によみがえるのは、昨夜の出来事。
あの指がほんの少し手の上を滑っただけで、私は一瞬にして囚われてしまった。