【完結】その口止め料は高すぎますっ
現実に戻って、朝ごはんの準備と着替えとメイクと、と頭のなかで段取りを始める。
直斗さんがバスルームから出てくる気配があった。

ふたりでゆっくりと朝ごはんを食べた。早起きしたから時間に余裕があったし、昨夜はベッドになだれこんでしまって夕飯を食べていなかったから、ほどよくお腹が空いていた。

「傷、化膿してない、だいじょうぶ?」

「おかげさまで、もうほとんど痛みもないです。今日はばんそうこう貼っておきます」
あの出来事が直斗さんと結ばれる近道になったなら、まさに怪我の功名ということかもしれない。

擦り傷って地味に痛いんだよな、とつぶやく彼の姿は窓からたっぷり差し込む朝の光のなかで、いつも以上に(すが)しく目に映る。
愛しいひと。

刺激とときめきとイベントごとを追いかけていたような、かつての恋愛とは何もかも違う。

たとえばそれは、心に響く音楽とか映画や本に巡り合ったときの気持ちと似ているかもしれない。感情が揺さぶられて、満たされて、なぜか懐かしいような心地になる。

言葉で無理に説明しなくても、ただどうしようもなく彼が好きで大切だということ。
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