【完結】その口止め料は高すぎますっ
仕事を定時で切り上げて、いつもと違う電車に乗り、直斗さんのマンションの最寄駅で降りる。

スマホで検索していた近くのスーパーマーケットに寄って買い物をする。
献立を考えながら、頭を占めるのは彼のことばかりだ。

ドラマで共演した俳優さんが恋に落ちるという気持ちが分かる気がする。
わたしははからずも小原直斗という男性の婚約者役、つまり恋人を演じることになってしまって。悔しいことに彼は魅力的なひとだった。

端正ななかに少年の面影を残した容貌。プライドが高く尊大な態度でこちらを振り回すかと思いきや、細やかな気遣いや包容力もみせる。
なにより美しいものを生み出すあの才能。わたしのささやかなメイクを褒めてくれた、あのまなざし。重ねた唇の感触と熱が繰り返しよみがえって、息が苦しくなる。

好きなフリをしながら、好きになってはいけない秘密の関係。

「…難しすぎる」手に取ったにんじんに視線を落として、ぽつりとつぶやいた。
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