【完結】その口止め料は高すぎますっ
わたしは両手にゴム手袋をはめてお皿を洗っている最中だ。
蛇口から流しっぱなしの水が皿にはねるジャーッという音が、やけに鮮明に響く。

すっと伸びた直斗さんの手が、指の先だけで蛇口のシングルレバーを押し下げて水を止めた。
その手はそのままわたしのあごに添えられ、ひねるように顔を上向きにしたわたしと、寄せられる彼のくちびるが重なる。

不思議だ、とどこかで思う。
食事の直後なのに、食べ物の味を感じないのだから。
夕飯を摂りながらふたりで一本空けたペリエで流れてしまったんだろうか。

それとも同じものを口にしたから、匂いを感じ取れないだけなのか。

定かじゃないまま、舌先で口腔内を擦りあげられれば背すじをぞくりと痺れが走る。

短くも濃い付き合いのなかで幾度もキスをしてきたから感じることがある。
今までとは違う、と。

彼のキスはいつも、どこか狙いすましたような周到さがあった。

今夜の彼の行動は切実で衝動的だった。その意味を知るのが怖いとも思う。
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