お前が好きだなんて俺はバカだな
「あなたの前から消え去りたい。」

「...。」

「時折、そう思うことがあります。
こうして、自分のことを意識されていることを実感すると、それこそあなたを傷つけているという罪悪感だけが残るんです。」

「遠谷さん...。」

「職場など、目の前から去ることも考えました。でも、それではかえって不安を煽るだけでしょうし、このように接する態度を変えてみても逆効果でした。
いえ、詰めが甘かっただけですね...。」

「先輩...。」

「あんなところを見られてしまって、もうどうすればいいのか正直分からないんです。」

「そういうときは...素直な気持ちに従った方がいいと思います。」

「そうですね。でも、それでは意味がないんです。
...本当に嫌いになってくれれば良かったのに。」

淡々としている。

でも、私には苦しいってよく分かる。

これ以上、大切な人が苦しむ姿は見たくないから...。

「ごめんなさい。少なくとも、それは無理です。先輩は単純なので。
さっきも言ったでしょう?

顕著に現れてるって。」

「...。」

「気づいてないようですけど、感情の動揺があるとき、
先輩は右足の踵を上げるクセがあります。」

「...!」

「もっとありますよ。
手をぎゅっと握ったり、襟元を触ったり、手を後ろで組んでみたり、瞳孔も多少広がりますね。
さっきまで全部当てはまってました。もちろん、私を振ったときも、東條さんと一緒にいた夜もです。」

「そんなに...?」

「もう観念してください。私からは逃れられませんよ?
せんぱい。」

「...。」

久しぶりに、先輩が驚いて頬を染めている顔を見た。

その顔が、
やがて穏やかな微笑みに変わるとき、

仕方なく私の頭をクシャッとする先輩。

よかった。

何も変わってない。

「先輩のばか。」

「...ばーか。」

今までどれだけその言葉がききたかったか、先輩は全然知らないんだから。

「先輩、もういいかげんより戻してくれますよね?」

「その前に、理由、話しておかなくちゃ。」

「やっぱり理由があるんですね。
分かりました。ちゃんとききます。」

「...今日はもう仕事終わった?」

「はい。私はもう仕事ないですよ。」

「じゃあ、今日は一緒に...。」

「お泊まりですか!?」

「...気が早い。まあそれでも...いいけど...。」

「やっぱりいきなりは難しいですか...?」

「いや。話は家に来てもらってしようと思うから。」

「了解です。ゆっくりで大丈夫ですからね?」

「うん、ありがと。」

先輩はすっかり観念したようで、とびきりに可愛い笑顔を見せてくれた。

うれしい。

やっと、先輩が心を開いてくれたんだ...。
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