カッコウ
茂樹と最後に会ってから1ヶ月が過ぎた火曜日。

ゼミを終えてみどりが教室から出ると正面から茂樹が歩いて来た。
 
「あっ、須永さん。丁度よかった。この間言っていた文献なんだけど。」

友達と一緒のみどりに茂樹が声をかける。
 
「ごめん、先に行っていて。」

みどりは一緒に歩いていた数人の友達に言って、茂樹の前に立ち止まる。
 
「やっと会えたね。俺もこれで終わりだから。いつもの店で待っていて。」

茂樹は小さな声でみどりに言う。みどりは堅い表情のまま頷く。

一度は話さないといけない。自分から始めたのだから。

きちんと別れを告げよう。
 
「失礼します。」と頭を下げて、小走りに友達を追うみどり。

茂樹を見て、みどりは激しく心が揺れていた。
 
「大谷先生、何だったの?」追い付いた友達に聞かれて、
 
「卒論の文献、借りようと思って。」咄嗟に嘘が口を突く。

茂樹はみどりを待っていた。それだけで、胸が張り裂けそうな程嬉しかった。

友達と駅で別れたみどりは、いつも茂樹と待ち合せる駅まで電車に乗る。

行くべきではないという思いと、懐かしさが戦う心。

『終わりを告げるだけだから。大丈夫。これできっぱり忘れられる。』

と自分に言い聞かせて。
 
いつも茂樹を待っていたカフェ。

やっぱり会ってはいけないと言う思い。

さっき茂樹を見た瞬間に、みどりの心は揺れてしまったから。会ったらまた続けてしまう。

漠然とみどりは気付いていた。
 
孝明との時間を思い、気持ちを立て直すみどり。

『帰ろう。会ってはいけない。』

そう思い立ち上がった時、茂樹が店に入ってきた。
 

「待たせてごめんね。さあ、行こう。」

茂樹はいつものように飲み物のオーダーもせずにみどりに言う。
 
「先生、今日はここで。」みどりは力無く言う。

茂樹の目は、いつもより切なくみどりを縛る。
 
「ここ、落ち着かないから。静かな所で話そう。」

茂樹に促されて立ち上がった時、みどりは抗えない自分を確信した。

『多分、また抱かれる』

少し俯いて茂樹の後を歩きながらみどりの心は、妖しくときめいていた。
 
 


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