最強の魔女と策士な伯爵~魔法のランプをめぐる攻防~
「落ち着くのよメレディアナ……女の敵め」

「何か言ったか?」

「コホン。いいえ特に何も。お気になさらずに!」

 そうだ彼には妹がいる。おそらく家族に接するようなノリで軽率な行動を取ってしまったのだろう。メレはそう結論付けた。そしてにっこりと、だがもう近づくなと笑顔で牽制する。

(偉大な魔女メレディアナ・ブランともあろう者が異性に触れられたくらいで動揺するなんて不覚だわ!)

 頬が熱くなったような錯覚を起こすのも、胸が騒ぎたてているような感覚に陥るのも気のせいだ。現実にあるわけがない。
 だとしたら、これは普通とは違う体の状態を知られてしまうことに対する恐怖からくる動揺、そのはずだ。今更少女のように甘い感情で戸惑っているわけではないと、そう思いたい。

 他人の手で食べさせられるくらいならいっそ自分でと意地を張りまくった結果、満腹だ。気さくな店主はあの店だけではなく、親しみやすいのはエイベラの人柄なのか。
 材料の目途が付き心にゆとりが生まれたおかげで、隣から向けられる視線にも幾らか穏やかに対応できるようになっていた。罪深い所業は赦してはいないけれど。

「だからと言って意味深に見つめられるのは納得いかないわ。何? 言いたいことがあるのならどうぞ」

「お前、ちゃんと笑えるんだな。安心した」

 美味しい物を食べれば笑顔になる。それだけのこと。後ろめたいことをしたわけでもないのに改めて指摘されると悪い物を見られた気分になってしまう。

「貴方に心配されるなんて、わたくし一体どんな顔をしていたのかしらね」

「無表情から、焦った顔、苛立ちを含んだ表情に、頬を染めた羞恥に怒り。そんなところか」

「わたくしではなく食材を見ていなさいよ!」

 びしっとどこかの店を指差す。そこに何が並んでいようがオルフェの視線が逸れるなら何でも構わない。

「……ところで、どの店も似た装飾をしているけれど何か意味が?」

 軒先や商品のそばには白い薔薇が飾られている。風に乗って運ばれる中には高貴な薔薇の香りも混じっていた。

「ああ、白薔薇祭りの準備期間だからな」

 疑問符を浮かべているとオルフェは呆れることなく説明を続けてくれる。
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