最強の魔女と策士な伯爵~魔法のランプをめぐる攻防~
 やがて全てを読破したメレはソファーに倒れ込む。埃っぽかったはずの部屋もクッションも、いまではノネットによって掃除されている。
 貴族の優雅さ? そんなものに構っていられない。凝り固まった肩を揉み解し紅茶で喉を潤した。

「情報収集に過敏になり過ぎたかしら……いいえ、知って損はないことよ! 魔法だけに頼っていてはまた同じ結果になってしまうわ」

 ただ、メレにも想定外だったのだ。
 ラーシェルが用意した資料には名前、爵位はもちろんのこと。趣味から好きな食べ物、家族構成が書き記されていたのである。それも一人一人によって書かれている内容は詳しいものから曖昧な記述まで。つまり本当に彼が知り得ていることを余すことなく書き記してくれたということになる。当然ながら読む方も大変だ。

「この量を一人で……。まあ、ラーシェルがいれば簡単なことね」

 有能なランプだけに口惜しい。

「この量は読めないと思った? それとも読ませて考える時間を削る作戦かしら。いずれにしろ甘いわね! 見なさい一日で読み終えてやったわ!」

 誰も見ていないけれど。本来の勝負とはまったく関係のない勝負が始まっていたことをオルフェは知る由もない。

 恐るべき読書スピードと暗記能力によって出席者の情報を丸暗記したはいいが、問題はここからだ。既に外は闇色に染まっていた。遠くの方が明るいのはランタンだろう。

「さて、何をしてくれようかしら」

「あの、メレ様。余興をするんですよね? 別のことが起きそうでちょっと怖いんですけど」

「何を想像しているの、決まっているでしょう。勝たなければランプを取り戻せないのよ。観客を楽しませてこその勝利、だったわね」

 不穏な想像力を働かせた使い魔を諌め本題に移る。

「クラッシック、バレエ、オペラ、観劇、絵画……貴族というものは見事に芸術好きが揃っているのね。趣味は芸術鑑賞、この一言に尽きるわ」

「そういうメレ様だってどれもかじってますよね」

「嗜みですもの。どれもそれなりの形にはなるけれど……」

 それなりで勝てる相手ではない。

「わたくし自身が芸を披露するというルールはなかった。そしてわたくしの人脈なら劇場満員チケット即日完売レベルの著名人を招くことも可能。とはいえ……」

「明後日、ですもんね」

「そうなのよね……」

 これが一年も前に決められた日取りであれば容易かった。けれど明後日、されど明後日。彼らも自分の仕事で手いっぱいだ。
 代替案とばかりにノネットが手を上げる。
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