最強の魔女と策士な伯爵~魔法のランプをめぐる攻防~
「わたくしの手の者は主人に似て優秀。今頃は遥か遠く空の上でしょうね。それを貴女、わたくしに今すぐ追いかけてこいと言うの? わたくしが高所恐怖症なのを知っているのに!? それに出荷したのは昨日のこと。場所によっては配達を終えているかもしれない。わたくしの商会『賢者の瞳』は迅速な対応がモットーですもの」

 メレが運営し所有する商会は、ぱっちり開いた瞳の中にハートマークが浮かぶロゴでお馴染み、巷で人気の『賢者の瞳』である。
 化粧水から魔法薬までを手広く開発、その販売を業務としている。貴族から庶民にいたるまで幅広い顧客を抱え、愛用する年齢どころから種族まで多種多様という盛況ぶりだ。
 メレはそのオーナーを務めているのだが、世界を滅ぼす可能性すら秘めた、ある意味世界の運命を誤って発送してしまったのである。

「あり得ないっ! わたくしどうしてしまったというの? 商品の管理には気を付けていたのに、なんてことなの……。いいえ、まだ完全にそうと決まったわけでは!」

 嘆くことは後でゆっくりすればいい。僅かな希望を胸に頭を切り替えよう。

「メレ様、どうぞ」

 次に何をすべきか、長く連れ添った相棒はよく理解していた。主人が動揺している間に鏡台を開き備え付けの椅子を引いてくれる。

「ありがとう」

 本来ここは優雅に腰を下ろす場面なのだが、座る間さえも惜しい。雪の様に白い自慢の髪が乱れるのも構わず鏡に詰め寄り、誰も見ていないのをいいことに鏡面を叩いたのである。
 鏡の縁を彩るのは繊細な細工だが、やっていることは優雅さの欠片もない。本来は軽くノックするだけで良いのだが、焦るあまり強く叩き過ぎてしまったようだ。

『鏡よ鏡。鏡さん!』

 使い慣れたはずの呪文すら長く感じてしまう。
 やがて鏡に映るメレの姿が歪み、白く霧のような靄がレンズの向こう側に漂い始めていた。それは次第に鏡の世界を覆い尽くし――
 そんな様子にすら焦りを覚えた。
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