最強の魔女と策士な伯爵~魔法のランプをめぐる攻防~
『この身に熱があったなら、この胸に鼓動があったなら……お前と共に生きられただろうか』

 ひらりと吸血鬼の胸元から何かが落ちた。それは血に見立てた赤い薔薇。この演出はメレ独自のもので人様の屋敷を血まみれにしないための配慮だが、功を得たのか散りゆく様子が本物のように、いや。本物よりも儚げで印象的だったと後に誰かが語るのを耳にした。

 次はまた霧の演出を――

 白い霧が視界を悪くすれば、少女は攫われるように消えてしまった。彼女は何処へと観客は探すが、そのうちに吸血鬼の姿も消えていた。
 後に残された真っ赤な薔薇だけが二人の愛の行方を知っている。


(それにしても疲れたわ……)

 総監督の感想には情緒の欠片もなく、多忙な舞台の閉幕を喜ぶのみ。
 メレは魔法でホールに光を戻した。それが演目終了の合図となり、イヴァン低は歓声に包まれる。
 女性陣はハンカチを片手に涙を拭い余韻に浸っている。観客の反応を肌で感じ、ようやくメレは肩の力を抜くことが出来た。

 素知らぬ顔で観客の背後に回り、余韻に浸る会場の熱に身を置く。けれどメレだけは冷めた眼差しでその賑わいを眺めていた。
 ご都合主義の甘い物語。それがメレのこの物語に対する認識だ。もともとメレ自体は原作に対する興味はなかった。
 この演目に決めたのは巷での人気と、うってつけの演者が傍にいたからである。本物が演じていると知ったら観客はどんな反応をしただろう。それはそれで見てみたかったと笑みが零れていた。
 キースの演技は満点。けれど自分には良い評価を与えられないだろう。

(わたくしには少女の気持ちが理解できないもの)

 メレが共感し演じられるのは本来吸血鬼の方だ。彼の台詞は心の奥深くに刺さる。自分が何者なのか、己の存在を思い出せと言われているようで――

(だからこの物語は嫌いよ)

 たとえ誘われても見に行くことはないだろう。

「よう、お疲れ」

「え……あ、ああ! ……いたのね」

 気付けばオルフェが傍まで来ていた。ここに主演女優がいると知って近づいてくるのは彼だけだ。ちなみに主演男優はメレの足元でぐったりしている。

「まったく、欲張りな女だ」

「なんとでもおっしゃい。全て気持ちのいい称賛に聞こえるわ。さあ、勝者は誰かしら?」

「実に新鮮なアイディアだったよ。劇は劇場で観るものという常識を覆し、企画から演出、主演に至るまで働くとは恐れ入る。ラーシェルに命じて見物していた俺とは違うな」

「何が言いたいの?」
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