最強の魔女と策士な伯爵~魔法のランプをめぐる攻防~
『貴女は良いですね。いつまでも若く美しいままで』

 悲しげに呟く弟の顔には深い皺が刻まれていた。老いない姉に対する妬み、異質な存在に対する怖れが宿る眼差しを受けて、メレは何も言い返せなかった。

「怖がらせて悪かったわね」

 オルフェからは何の感情も読み取れない。憐れんでいるのか畏怖しているのか、僅かに揺れた蒼は何を語るだろう。

(また同じことを言われたら……)

 沈黙に耐え切れず逃げたのはメレだ。

「なあにその顔、同情でもした? いいわよ、同情するならランプを寄こしなさい」

「俺はただ――っておい、待てよ!」

 聞きたくないとメレは拘束から逃げた。

「待てですって? 犬ではないの、貴方の命令に従う義理もない。そんなに引き止めたければラーシェルに願えばいいことよ」

「そんなことしたって何の解決にもならないだろ!」

 オルフェが再びメレの腕を掴む。手袋を忘れた手は、やはり生きているのか疑うほど冷え切っていた。

「わたくしを哀れだと思う気持ちが少しでもあるのなら、今は放っておいて。頭を冷やすから。……お願い」

 弱みを見せてはいけない相手に悟られたことで冷静さを欠いている。これ以上みっともない自分をさらけ出す前に一人にしてほしい。

(それに、この人の口からわたくしを怖れるような発言が飛び出したら――)

 真実を告げてもいないくせに、オルフェだけは違うと今日まで勝手に思い込んでいた。
 けれど真実を知られてしまえば思い込みは容易く揺らいでしまう。

(拒絶されるのはもうたくさん)

 ただ拒まれるのが嫌なわけじゃない。それがオルフェだから、彼ならどんな自分でも対等でいてくれると勝手に期待を押しつけてしまった。そんな自己嫌悪もメレの感情を暗くさせていく。

 離れていく温もりに背を向ける。オルフェは追ってこなかった。
 それで良い。これ以上そばにいたら惨めになるだけだ。
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