最強の魔女と策士な伯爵~魔法のランプをめぐる攻防~
 後悔したことはない。

『もしかして僕の声、聞こえますか? 僕が見えるんですか!?』

 ノネットと出会って魔女の存在を知った。
 彼女と出会えたことが運命だというのなら、メレは運命に感謝するだろう。
 亡き両親から託された領地、病気がちな弟――たった一人の家族。いずれもただのメレディアナには守れなかったものばかりだ。

 魔女と呼ばれ、恐れられても構わない。
 市販の薬では治らない弟のため、独自に薬の研究を始めた。研究の産物か、化粧水や魔法薬まで生み出していた。
 魔女の世界で名を馳せ、彼女の紹介で本物にも弟子入りした。 
 大切なものを守るためなら、体の時が止まっても構わない。それは十九歳のことだった。
 後悔したことはない。でも……

(止まってしまっても胸の痛みは感じるのね。いっそ心まで凍ってしまえば良かったのに)

 メレは行くあてもなく雨の中を彷徨う。そうして感情的になって逃げ出したことを恥じている最中だ。次に会ったら素直に謝ろうと心に決めている。尤もオルフェが逃げ出さずに次があればの話だが。たとえ怖れられても全力でランプは取り戻すし、むしろ恐怖心を利用してやろうと考えられるほどには復活していた。

 どれくらい歩いたのだろう。自己嫌悪に陥っていると傘が差しだされる。オルフェの差し金か。もしそうなら謝罪をと顔を上げ、想像もしていなかった相手に目を見張る。

「シューミット様?」

 エセル・シューミット、侯爵家の長男。無理やり植えつけられた情報が再生される。そうでなくとも先日のパーティーで延々と話し込まされた相手だ忘れようがない。

「こんなに酷い雨の中を、傘も差さずにどうされたのですか?」

 心配そうに傘の中へ招き入れられる。

「ありがとうございます。急な雨でしたから、用意していなかったもので」

 苦笑して誤魔化せばエセルはその言葉を信じてくれた。

「確かに、災難でしたね。よければ自宅までお送りします」

「どうかお気になさらずに。お心遣い感謝致しますが、手間をかけさせるつもりはありません。家も近くですから」

 身を引こうとした途端、肩を抱き寄せられる。

「ああ、濡れますよ! そうもいきません。親友の恋人に風邪を引かせては僕が怒られてしまう」

 丁寧に断りを入れていたメレの顔が固まったのは文脈がおかしいからだ。

「……誰が、誰の恋人ですって?」

「ですから、あなたがオルフェの恋人だと」

 どうやら決定的に意見が食い違っている。

「大いなる誤解が生じているようですが」

「そう、ですか? 先日のパーティーでは、やけに親密な雰囲気でしたので、てっきり……」

 物は言いようだ。親密というよりは秘密を共有しているだけである。
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