最強の魔女と策士な伯爵~魔法のランプをめぐる攻防~
 結果として折れたのはメレである。ノネットも主の危機に文句を言うことはなかった。それどころか結末は見えていたように話しあいの最中から荷造りを始めていたという。その甲斐あって合意に達した時点で速やかに送りだされてしまった。

 私物の鞄は一つ、エイベラに訪れる際持参したものだ。さあ出発とばかりに荷物を持とうとしたメレの手は空を切る。

「ちょっとわたくしの荷物! どうするつもり!?」

「俺はそこまで薄情だと思われているのか? 女性に荷物を持たせたりしない」

 確かに手ぶらで歩くオルフェの隣を重そうな鞄を抱えたメレが歩くのは客観的に体裁が悪い。ただでさえ彼はエイベラで顔が知れ渡っている。

「今更紳士ぶったところで手遅れなんだから……」

 小さく嫌味を言ってからメレはありがとうと添えた。
 雨は止んでいた。道路に伸びる影は長く、つい隣の影に目が向いてしまう。さっさと歩いて行ってしまえばいいのに、オルフェは歩幅を合わせて隣を歩いてくれる。イヴァン邸の場所なら知っているのに共に行くと譲らなかった。

 イヴァン邸に着いたメレを歓迎したのはフィリアである。

「ラーシェルから聞いたわ。水道管が破裂して水浸しになってしまったんですって? 大変でしたのね」

 そういう設定なのかとオルフェに目配せすれば、そうだと頷かれたので話に乗った。

「ご迷惑をおかけします。本来は宿を取るべきなのですが、非情な輩が宿を独占しておりまして。イヴァン伯爵が親切な申し出をしてくださり、本当に助かりました」

 真実を知らぬフィリアは酷い人がいたものねと同情してくれた。それはあなたの息子です。

「家族三人、広くて持て余していたくらい。亡くなった主人がいたら、もう一人娘ができたみたいだって喜んだはずよ」

 フィリアは懐かしそうに目を細める。

「またお屋敷が賑やかになって嬉しいわ。早くカティナにも知らせてあげないと。そうだ、良ければ食事も一緒にいかがでしょう?」

 そんなのまるで……家族のよう。

「賛成だ」

「ちょっ――あ、いえ! ご厚意は有り難く頂戴させていただきますが!」

 断るつもりはなかった。とはいえ本人より先に返事をするなと言わせてもらいたい。
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