最強の魔女と策士な伯爵~魔法のランプをめぐる攻防~
 場所を移せば噴水のある広場ではフィリアから聞いたダンスが催されていた。

 それはワルツのように格式あるものではない。演奏にしたってオーケストラとは程遠く、弦の少ない無名の楽器に横笛や打楽器、アコーディオンなど編成はめちゃくちゃだ。時折ベルを鳴らす人間もいる。
 明確な楽譜は存在しないのだろう。好き勝手自由に奏でているように見えた。
 唯一統一感があるとすれば音楽隊が頭に乗せている帽子に飾った白薔薇くらいかもしれない。耳の肥えた貴族にとっては聞き苦しい物となるだろう。
 けれどメレはこの陽気さが気に入っていた。一見するとめちゃくちゃのように感じる音楽もステップにハマっていて踊りやすいのだ。
 陽気な楽団たちが音楽を奏で、人が入れ替わりながらステップを踏むのでダンスが途切れることはない。

 手を叩いてステップを踏んで、また手を叩いてターン。

 優雅でもなければ形式を重んじる必要もない。パートナーも代わる代わる。あるいは一人で踊ろうとも構わない。

 開放感に任せてみな好き好きに踊り明かすのだが――

「ひいっ!」

 華麗にステップを決めていたはずのメレは、目の前の光景に盛大に震える。
 たとえ音楽に紛れたせいで変な目で見られることはないにしても羞恥は湧くものだ。予想外な事態に見舞われた時、人はものすごい声を上げるらしい。
 オルフェが目の前にいるなんて想像もしてなかったのだ。

「な、何故わたくしの目の前に!?」

 かろうじてステップを踏みながら問い詰める。

「踊ってたら自然とこうなった。そう目くじら立てるな、楽しめよ」

 メレは手を叩く。

「言われるまでもなく楽しんでいるわ」

 ステップを踏んで回って、はい次の人――とはいかなかった。

「この手は何」

「もう少し付き合えよ」

 腕を掴んで引き戻され再びオルフェと踊ることになってしまう。すると方々から残念そうな声が上がっていた。

「ああっ、次は私がと思っていたのに!」

 なるほど彼女たちから逃げたかったのか。

「そうね。わたくしなら貴方にうっとりすることもないし?」

「少しくらいは見惚れたらどうだ」

「ご冗談。なら、貴方はわたくしに見惚れてくれるのかしら?」

「ああ」

「なっ――!」

 どうして簡単に認めてしまうの?
 しかも目を細めて眩しそうに言うなんて狡い。どうせいつもの軽口の続きに決まっている。わかりきっているのに、体温が上昇したような心地を覚えている。そんな錯覚さえ起こってしまうほど、動揺していた。
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