最強の魔女と策士な伯爵~魔法のランプをめぐる攻防~
 そのせいで手を取り合う場面のはずが、とっさに掴むことができなかった。
 手袋越しだ、もとより温度なんて存在しない。触れたところで何の問題もないのに、今オルフェに触れてしまったら何かが変わってしまいそうな気がした。

 音楽に乗ることも忘れ数歩よろめく。
 ところが運が悪いことに石を踏んで重心が傾き、態勢を崩したメレはそのまま後ろへ倒れていった。
 歩きまわって、さらには踊り疲れてくたびれた足はとっさの動きに対応してくれない。

「メレっ!」

 焦った声だ。

 驚くオルフェの顔が見えた。

 すぐに手が差し伸べられる。

 次々に映るその全てが、やけにゆっくり動いていく。だが現実の流れはさほど遅いものではない。

 転ぶ――

 しかもただ転ぶどころか水しぶきを上げて噴水に落ちていた。

 派手な水しぶきの音を聞きつけて注目が集まる。それでも音楽が止まないのはさすがだ。周囲もダンスを中断することはない。一人で落ちたなら救助の声も上がるだろうが、連れがいるので心配ないと思われているのだろう。

「おい、大丈夫か!」

 尻持ちをついて腰まで水に浸かる。派手に飛び込んだせいで頭から水を浴びた。髪から滴る水が頬を伝って鬱陶しい。濡れた服が肌に張り付いて重く感じる。

(それなのに――)

「メレディアナ?」

 声と共に手が差し伸べられる。辿るように顔を上げれば焦るオルフェの表情がメレの抱く感情を助長させ、もう抑えきれなかった。

「ぷっ、――ふふ、あはは!」

 口元を手で隠すような控えめな笑いではない。湧き上がる想いを隠しもせず声を上げて笑えば、今度は困惑交じりに名を呼ばれる。

「何を驚いて固まっているの? でもそんな顔、初めて見た!」

 勝負を持ちかけられる度、表情を崩されるのはいつも自分の方。そのオルフェが困惑しているだけで勝ったような気分だ。

「ああ、おかしい! こんな失敗をするなんて、しかも噴水に落ちるなんて! わたくしったら、らしくないわ」

 ダンスに失敗して噴水に落ちるなんて初めてだ。雨に打たれたり噴水に落ちたり水難の相が出ているに違いない。

「こんなにはしゃいだの、何年ぶりかしら!」

 声を上げて笑うなんて最後にしたのはいつだろう。

「お前、そんな顔もするんだな」

 あまりにも真剣に呟かれていた。メレは気まずさから顔を逸らす。
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