ナルシス
「ここ、ユーリがキスして汚したの。」

と背伸びして少年の頬を指さす。

古い絵だから言われなければ気付かない。

確かに少し茶色いけれど。埃か絵の具の劣化に見える。
 


何も言えずに徹と光子は顔を見合わせる。

二人は多分同じ思いだった。

黙っている両親に叱られると思ったのか夕璃は話し続ける。
 


「小さい頃はナルシスと一緒にいたから。チョコ食べてキスしたら、ナルシスに付いちゃったの。」

きまり悪そうに少し照れて話す夕璃を徹は抱きしめていた。
 


今の夕璃でも背伸びしないと届かない所。

小さな夕璃が、椅子を運んでくる姿が目に浮ぶ。


どんなに寂しかったのだろう。

何故夕璃を一人にしてしまったのだろう。

夕璃の心の傷を消す事はできるのだろうか。
 


「ユーリ。ごめん。」

おとなしく徹の胸に抱かれる夕璃はそっと顔を上げて、
 
「絵を汚して怒らないの?」と言う。

徹は泣きそうな思いを堪えて、優しく首を振りそのまま夕璃を抱き上げる。
 

「ほら。もう一度キスしてあげなさい。」

と夕璃をナルシスに近付けて。
 

< 65 / 90 >

この作品をシェア

pagetop