トワイライト(下)
以前にした口約束は確約として取り付けられ、彼女が自分を見守るように眺める目が何処か寂しげに見えた。
彼女は少し伸びた髪を結び直し、自分の肩を強く掴んで言う。
「さ、あと一時間乗り切って頂戴」
「分かってる」
気付けば何度も背中を押され、勇気を貰うばかりの自分。
せめて食事会は此方が御馳走しようと思い、それまでに何か一つ贈り物をしようと考えていた。
あれこれと思考を廻らせながら部屋のメニューを変えて歩き、非常口の点検をして化粧室に入る。
然程汚れてないのを見ながらも軽く掃除を済ませ、鏡周りを整理しつつ脇に置かれた香水の瓶に手を止めた。
あの時、住宅雑誌の一部に載っていた有名ブランドの香水の広告を彼女の視線が捉えていたのを思い出す。
携帯を手に検索すると、淡い桜色した瓶の横に柔らかくて繊細な香りだと印されていた。
今日は無理かと諦めてポケットに仕舞い、明日にでも専門店を訪ねようと決めて化粧室を抜け、受付に進む足を止めるように彼女が声を掛けて来る。
「お迎えが来てるわよ、あんたと違って五分前」
不意に聞こえた言葉に店先を眺めると、赤黒い髪の襟足が入り口の脇から少しだけ見える。
見間違えようのない姿を目にした瞬間、考えていた全てが飛んで行った。