トワイライト(下)
「茅紗……好きだよ……もう、別れるなんて嘘でも絶対言わないから……キス、させて……」
しがみつく腕に手を掛けて制し、彼の顔が近付いて静かに唇が重なる。
それは濃厚ながらも少し苦い珈琲の味が含まれ、抱きすくめられた髪の毛から微かな煙草の匂いが鼻を通っていく。
背中を優しく撫でる手、身体中に感じる温もり、伝わる全てが通じてると感じる。
人の目など気にならず、再び近付く顔に目を閉じた瞬間、何処からとも無く催促するような虫の声が聞こえてきた。
「ごめん、また台無しにして……お腹空いて倒れそうだから、何処か食べに行こうか」
「うん……早めに食べに行こ……」
シートの脇で結んだ小指から帯びる熱さ、信号を通り過ぎる度に街灯が横顔を照らす。
少し目を細めて前を見る表情が大人の雰囲気を醸し出していた。
車は小洒落たレストランの脇を通って駐車場に滑り込み、流れるように助手席のドアが開かれて降り立った瞬間に唇が重なる。
いつもの軽く触れるキスをした彼は笑みを零し、それが悪戯な表情に見えて少しだけ戸惑い気味に足を進めて行く。
見たことの無い表情を目にする度に高揚してしまい、音を立てる心拍数を何とか必死に押さえ込む。
そんな自分を他所に先を行く彼がドアを開けながら言った。
「この店、本格的なブルーハーブティ出してるって聞いたから、茅紗に飲ませたくて」