トワイライト(下)

不意に聞こえた言葉は何度でも鼓動を強く跳ねさせ、何も無かったようにドアを開く彼に息を飲み込んで平然を装う。

部屋までの僅かな距離を手を取って歩くことすら緊張し、待ち受ける事を想像しながら足を運んで行く。

静かに階段を上った先の角を曲がった瞬間、視界に飛び込んできた部屋の前で佇む強面の横顔。

目を覆いたくなる現実に足が止まり、先を行く服の袖を掴んで思い切り引いた。
身体の傾いた彼が少し怪訝な表情を浮かべて此方に小声で話し掛けて来る。


「こんな時間に勧誘なんて違法だし、注意しないと何度でも来るから……」


その言葉に思い切り首を振って見せ、踵を返そうと彼の腕に手を滑り込ませた時。


「茅紗?」


ほぼ同時に二人の低い声が重なり、隣の彼を見上げると一度だけ向こうを見た後、此方の顔を見て全てを察したように何時もの顔をした。


「ごめん……今日来るとか聞いてなくて……ちゃんと、言ってあったんだけど……まさか部屋まで来るなんて……思わなくて……」


順序を追って話そうとしても言葉が上手く出て行かず、説明の付かない間に視界の脇で更に表情を険しくさせるのを捉え、一歩踏み出そうとする間に割って入る自分に彼が声を掛けてくる。

「大丈夫だから、落ち着いて」
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