トワイライト(下)

「あんた達には喧嘩なんて無縁そうね」


エプロンを畳んでる間、ふと呟いた言葉に手を止める。
彼女は口にしたことも忘れたように素知らぬ顔で伝票を纏めていた。

その様子に再び茶化された事に気付き、言い返そうとして口を開いた時。

「あんた今日は絶対に嫉妬するわよ、気を引き締めて置きなさい」

それは直接的に聞かなくても分かっている情報、世間の女性らが挙って目当ての男性に贈り物と共に愛を告げる一大行事。

特定の人物を指して言われても自分には何の権限も無く、ある程度は予想して居るものの覚悟をするには程遠い状態だった。

『きっと、沢山貰うだろうな……』などと思いながらエプロンを引き出しに仕舞い、隣で作業に没頭している彼女に声を掛けて受付を後にする。

「じゃぁ、お疲れ様……」

自分の言葉も他所に彼女は伝票を整理し、真剣な面持ちでレジに入力をしていた。

いつもなら追い討ちを掛ける筈なのに敢えて口にせず、黙ったままで此方に軽く笑い掛ける姿は大人の女性としての佇まいや魅力が感じられる。

それは自信に欠けた自分の肩を優しく抱き、柔らかい温もりで背中を自然に押し出してくれた。

店先から斜め向かいの店舗を眺めて様子を伺い、その姿を捉えられずに携帯を手にしながら隙間に隣接された喫煙所へと向かう。

何の報せも無い画面から少し長引いてるだけかと考え、角を曲がろうと足を踏み込んだ一瞬に声が聞こえてきた。
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