異世界でお菓子を振舞ったら、王子と竜騎士とモフモフに懐かれました
プロローグ
私の人生の中で、最初のスイーツの記憶は誕生日のショートケーキ。
それも、ホールケーキではなく、苺がひとつ載っただけの小さなカットケーキだった。
初めて『ケーキ』というものを食べた私は、こんなに甘くてふわふわで、幸せな気持ちになる食べものが存在したんだ、と天啓を受けたように感動した。
そして、ケーキ屋さんになりたい、自分でもケーキを作ってみたい、とみんなに宣言した。ケーキ屋さんになれば、いつでも好きなだけケーキが食べられるようになると思ったのだ。単純だけど。
施設の先生たちは子どもらしい夢に頬をゆるめていたし、私より幼い子どもたちは自分たちのケーキを食べるのに夢中になっていた。そんなあの日の光景を、大人になった今でも思い出す。
私の両親は物心がつく前に事故でなくなり、私は施設で思春期を過ごした。生クリームのケーキなんて贅沢なもの、月に一度のお誕生会で誕生月の子しか食べられなかったし、クリスマスは安価なバタークリームのケーキだった。
それでも、子どもの小さな胸を夢と希望でいっぱいにするには、じゅうぶんだった。私は中学生になると、少ないお小遣いから材料を買い集め、ケーキを手作りするようになった。
賞味期限間近のバター、業務用スーパーで安売りしている小麦粉、給食のおやつに出たナッツ、豆腐屋さんがくれたおから。
そういったものを工夫して使い、節約レシピを編み出しては、施設の子どもたちにごちそうしていた。施設の先生の目を盗んで、キッチンにあるマーガリンやココアを少し拝借したときもある。おそらくバレていただろうけれど、先生たちは何も咎めずに私の趣味を温かく見守っていてくれた。
その頃には、ケーキを作る職人さんを『パティシエ』と呼ぶことも覚え、絶対それになるんだ、と夢をふくらませていたが、高校に入学して進路を考える頃には、自分にはその夢を叶えられないことも知った。
それも、ホールケーキではなく、苺がひとつ載っただけの小さなカットケーキだった。
初めて『ケーキ』というものを食べた私は、こんなに甘くてふわふわで、幸せな気持ちになる食べものが存在したんだ、と天啓を受けたように感動した。
そして、ケーキ屋さんになりたい、自分でもケーキを作ってみたい、とみんなに宣言した。ケーキ屋さんになれば、いつでも好きなだけケーキが食べられるようになると思ったのだ。単純だけど。
施設の先生たちは子どもらしい夢に頬をゆるめていたし、私より幼い子どもたちは自分たちのケーキを食べるのに夢中になっていた。そんなあの日の光景を、大人になった今でも思い出す。
私の両親は物心がつく前に事故でなくなり、私は施設で思春期を過ごした。生クリームのケーキなんて贅沢なもの、月に一度のお誕生会で誕生月の子しか食べられなかったし、クリスマスは安価なバタークリームのケーキだった。
それでも、子どもの小さな胸を夢と希望でいっぱいにするには、じゅうぶんだった。私は中学生になると、少ないお小遣いから材料を買い集め、ケーキを手作りするようになった。
賞味期限間近のバター、業務用スーパーで安売りしている小麦粉、給食のおやつに出たナッツ、豆腐屋さんがくれたおから。
そういったものを工夫して使い、節約レシピを編み出しては、施設の子どもたちにごちそうしていた。施設の先生の目を盗んで、キッチンにあるマーガリンやココアを少し拝借したときもある。おそらくバレていただろうけれど、先生たちは何も咎めずに私の趣味を温かく見守っていてくれた。
その頃には、ケーキを作る職人さんを『パティシエ』と呼ぶことも覚え、絶対それになるんだ、と夢をふくらませていたが、高校に入学して進路を考える頃には、自分にはその夢を叶えられないことも知った。
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