異世界でお菓子を振舞ったら、王子と竜騎士とモフモフに懐かれました
「お待たせしました」
「うわ、これは初めて食べるスイーツだ。騎士団のお茶会のときにはなかったよね?」
「はい。シフォンケーキっていうんですけど、泡立てが重要なスイーツで……。今までは焼いてもぺちゃんこになっていたんですけど、泡立て器を改良してもらったり、オーブンの火加減のコツをつかんだりしてやっと作れたんです」

 そう、このシフォンケーキだけは、前世の記憶を取り戻してもなかなか作れなかった。強めの火加減で一気に焼かないとしぼむし、メレンゲの泡の細かさも口当たりに重要になってくる。やっと、お店に出せるクオリティのものが完成したのだ。

「お店には明日から並べる予定だったんですけど、よかったら最初にベイルさんに味見してほしくて」
「それは光栄だけど……。殿下を差し置いて俺が最初に食べたら、あの人は拗ねるんじゃないか?」

 出資者なんだから、新作のスイーツはいつでも俺のぶんを用意しておけ、とアルトさんは言っていた。そうか、それは『一番に食わせろ』という意味だったのか。

「た、確かに……。でも、今日まだアルトさんいらっしゃってなくて」
「いや、あの人はこういう勘はするどいんだ。きっともうすぐ――」

 カランカラン、とドアベルがなった。

「ほら、やっぱり――」と言いながら振り向いたベイルさんが怪訝そうな顔をする。

 アルトさんが、フードつきの長いマントをかぶった見慣れない二人組を引き連れていたからだった。

「店の前でうろうろしていて怪しかったから、連れてきたぞ」
「えっ! でも、お客さまですよね。乱暴なことはされていないでしょうね?」
「失礼だな、ベイル。用があるなら早く入ればいいと促しただけだ」

 うつむいたまま黙っている二人組は、体格差がすごかった。浅黒い肌に銀髪の、目が鋭い男性はやせ形で背も高く、栗色のふわふわした髪の毛とくりくりした瞳のかわいらしい少年は小柄だ。まったく似ていないけれど、親子なのだろうか。

「こんにちは、店主のエリーです。ゆっくり見ていってくださいね」

 お尻まですっぽり覆う灰色のマントは埃で汚れていたし、その下に着ているジャケットとトラウザーズも肘に当て布がしてあって、着古していることがわかった。

 きっと、下町からわざわざ買いに来てくれたのだろう。貴族のお客さまが多いお店だから、気後れしてなかなか入れなかったんだ。

 進み出て挨拶すると、小柄な少年は人懐っこい笑みを浮かべて近寄ってきた。ち、近い……。

 鼻先がくっつくくらい顔を近付けられたので、後ずさりする。
 うしろによろけそうになった私の両手を、その子がぎゅっと掴んだ。
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