異世界でお菓子を振舞ったら、王子と竜騎士とモフモフに懐かれました
「お前、無礼だぞ!」

 アルトさんが眉を寄せて少年に手を伸ばすが、ベイルさんに「まあまあ」と妨害される。連れのはずの銀髪の男性は、ただ無表情にこちらを見ていた。
 確かにこの子の距離感は近すぎるけれど、無礼というほどではない。まだ十二歳くらいだと思うし、騒がしい弟妹を思うとかわいいものだ。

「ねえ。クッキーがほしいんだけど」
「クッキーですか? 少々お待ちくださいね」

 まだ揉めているアルトさんとベイルさんを椅子に座らせて、シフォンケーキを勧める。新作のスイーツを目の前にして、やっとアルトさんはおとなしくなった。

「ご案内します。こちらへどうぞ」

 二人組をショーケースの前に誘導し、私はケースの中からバラ売りのクッキーを取り出した。

「こちらから、ジャムを挟んだクッキー、紅茶のクッキー、ジンジャークッキー、生クリーム入りのしっとりクッキーです。クッキーは日替わりでいろいろ作っているので、今日は置いていないレシピもありますが……」

 ショーケースの上に並べたクッキーを、ひとつひとつ説明する。

「くるみ入りのクッキーはないの?」
「くるみですか? 今日は作っていないんです、すみません」

 少年は、眉を下げてしょぼんとした顔をした。くるみが好物なのだろうか。

「食べられそうなもの、ないのか?」

 少年のうしろで黙って立っていた銀髪の男性が、初めて口を開いた。表情と同じで抑揚のない、低音の渋い声。

「う~ん」

 食べられそうなもの、とはどういう意味だろう。好き嫌いやアレルギーがあるなら受注生産で対応できるかもしれない。

「あの……」

 尋ねようとしたとき、少年がショーケースに身を乗り出し、鼻先を近付けてクッキーの匂いをかぎ始めた。

「えっ。あ、あの、お客さま……」

 注意しようとしたけれど、私の言葉が出てくる前に少年の吟味は終わっていた。

「ダメみたい。どれも僕たちには味が強すぎると思う」
「そうか……。なら、もう帰るぞ」
「ま、待ってください。もう少し詳しくお話を……」

 引き止めようとしたけれど、銀髪の青年はすでにマントを翻していた。
 私の顔をちらちらとうかがう少年の手を引いて、青年は大股歩きでドアに向かっていく。

「ちょっと待て」

 銀髪の青年がドアノブに手をかけた、そのとき。アルトさんは断りもなくいきなり、ふたりが被っていたマントを剥ぎ取った。

「ちょっ――!!」

 アルトさんの奇行に声をあげたが、フードで隠されていた『それ』を見て、私は息が止まってしまった。

 み、耳がある。頭の上に、ふわふわの毛が生えた、獣耳が――。そして、ズボンからはもふもふのしっぽが出ている。
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