異世界でお菓子を振舞ったら、王子と竜騎士とモフモフに懐かれました
「やはり、獣人か。外にいるときから魔法の気配がすると思ったんだ。人型になって、獣のにおいも魔法で薄くしたのか? 変身魔法でも、耳としっぽは隠せなかったみたいだな」

 アルトさんは、興味深そうにふたりの姿を眺めている。が、相手はそうではない。
 髪の毛と同じ、銀色のぴんと立った耳を持った青年は、ぎりっと歯ぎしりすると腰を落として手を前に出した。さっきはしまっていたのだろう、とがった爪が指先から出ている。

 怒っているというよりは切羽詰まった雰囲気で、その場から動くことができない。
 先っぽの丸まった、小さな茶色い耳の生えた少年は、怯えた目で青年の腰に抱きついている。

 殺気を感じ取ったベイルさんが、アルトさんをかばうようにして前に立ち、腰の剣を抜こうとする。

「待て待て。何もいじめようとしているわけじゃない。俺は別に、獣人差別主義者じゃないからな」

 ベイルさんは警戒態勢を解かないが、獣人さんの耳はぴくりと動いた。

「事情があるみたいだから、そこにいるエリーに相談してみたらどうだと思ったんだ。むりやりフードを取ったのは、すまなかった」

 アルトさんが軽く頭を下げると、逆立っていたしっぽの毛がふっと穏やかになる。沈黙の時間が流れたあと、青年は爪をしまって姿勢を正した。
 ベイルさんも、柄にかけていた手を離し、ため息をつく。

「やれやれ、思いつきで行動するあの人には困ったものだ。ごめんね、エリーちゃん。こわかっただろ?」

 ぴりぴりした雰囲気がやわらいで、やっと普通に呼吸できるようになった。

「い、いえ。大丈夫です。ちょっとびっくりしましたけど……」

 獣人。動物が知恵を持ち、二足歩行で歩くようになった種族のことだ。獣人になっても獣の本能は残っていると考え、恐れている人もいるが、最近では『そんなことはなく、理性のある種族だ』と唱える研究者が増え、風潮が変わってきている。

 とはいえ、差別はまだまだ色濃く残っている。未知のもの、自分と違うものに対する恐怖もあるのだと思う。そういえば、獣人は魔法を使える人が多いとか。

 ふだんは森の中で種族ごとに暮らしていて、城下町で見かけることなんてないと思っていたけれど……。

「人目が気になるなら奥に行ったらどうだ。店ならベイルにまかせるから」
「でも、お客さまが来たら……」
「ベイルが売り子をすれば問題ないだろう。エリー、エプロンを脱げ」
「は、はい」
「ほれ、ベイル」

 私が脱いだエプロンを、アルトさんはベイルさんに放り投げた。

「俺に、このフリフリのエプロンを着ろと……?」
「意外と似合うんじゃないか。お前は所帯じみているところがあるからな」

 ベイルさんのため息を無視して、アルトさんは裏口につながる扉に手をかけた。厨房の脇の廊下を通り過ぎると、従業員更衣室がある。そこに向かおうとしているのだろう。
 私たちのあとを、青年と少年も黙ってついてきた。
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