異世界でお菓子を振舞ったら、王子と竜騎士とモフモフに懐かれました
 更衣室は休憩室も兼ねているから、簡素な椅子とテーブルが置いてある。私がすすめる前に、アルトさんはさっさと腰をおろした。

「おふたりも、どうぞ座ってください」

 ふたりは、マントを椅子の背にかけて座った。私も、ふたりの向かい――アルトさんの隣に腰を下ろす。
 すると、少年はテーブルに手をついて、身を乗り出してきた。

「お姉ちゃん、僕のことわかる?」

 にこにこしながら、黒目がちの大きな瞳でじっと見てくる。くるくると表情が変わる様がかわいらしい。そう聞いてくるということは、一度会ったことがあるのだろうか。ただ、私には覚えがない。

「ごめんね、わからないや……。どこかで会ったことあるのかな?」

 こんなにかわいい男の子、一回会ったらなかなか忘れないと思うんだけど。マントも特徴的だし。

「うーん。やっぱりわからないかあ。じゃあ、これなら? 見てて」

 少年は自分に注目させると、ぱちんと指を鳴らし――。

「き、消えた!?」

 少年が着ていた服が、ぱさっと椅子の上に落ちた。
 驚いてまわりを見渡すが、銀髪の青年は無表情のまま、じっとしている。アルトさんの表情をうかがおうとすると。

「お姉ちゃん、ここ、ここ! テーブルの上を見て!」

 姿が見えないはずの、少年の声がする。テーブルの上に目をやると、茶色くて小さな動物さんが、ちんまりした手を振っていた。背中に特徴的な縞模様があるこの動物は、シマリスだ。

「リス獣人だったのか。しっぽが特徴的だったが、わからなかったな」

 私もわからなかった。ここのところ毎日リスを見ていたはずだったのに。そこまで考えたときに「あっ」と気付いた。

「シマリスって……。もしかして、ここ最近ずっと来てくれていた子?」
「当たりー!」

 嬉しそうにそう言って私の手のひらにのるリスくんは、まぎれもないあの子だ。重みも、あたたかさも、肉球の感触も一緒だもの。

「お前も変身を解いたらどうだ。だいぶ魔力を消耗しているんだろう? どうせここには、俺たち四人しかいないんだ」

 銀髪の青年は少し迷ったあと、リスくんと同じように変身を解いた。もっともこちらはサイズが人間と変わらなかったので、服を着て椅子に座ったままだったが。

「わ、狼!」

 日本では見たことがなかったから、目が輝いてしまう。ハスキー犬をさらにしゅっとさせた感じでかっこいい。しっぽももふもふだ。

「……俺が怖くないのか」

 狼さんの低くて抑揚のない声は、『自分は嫌われて当然』と思い込んでいるみたいだった。
 未知のものが怖いというのなら、転生した私にとっては魔法使いも獣人もいっしょだ。それに恐怖を感じるかどうかは結局、その人と接してみないとわからない。

 今まで獣人と会ったことはないからわからなかったけれど、ふたりを見ているだけで『獣の本能が残っている恐ろしい種族』ではないと理解できる。さっき爪を出したのだって、きっと自分たちが差別されて攻撃されると思ったからだ。
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