偽お嬢様の箱庭


「お目覚めですか?お嬢様。」


 白んだ室内には、まだ曖昧な輪郭線が浮かんでいる。


「....、葵?」


 これは、夢だろうか。
あの日に戻りたい。彼の声がもう一度聞きたい。

 そんな願望が生み出した幻想?

 ぼんやりとした頭に処理を強要して、なんとか現実を掴む。

 よみがえるのは鮮明な経過と、成長した彼の姿だった。
そうだ、私は手紙を受け取って、屋敷にきて。



 そして、




「ッ!!!!」



 勢いよくベットから飛び起きて、控えた葵を見つめた。
なんて憎らしいほどに穏やかな顔なんだ。

 薄い唇がキスをした瞬間の感覚を呼び起こす。

 顔が一気に赤く染めあがるのが、自分でもわかった。
それを見て何がおかしいのか、けらけらと笑って見せるこの執事はいったい何なのだろう。



「葵!!!これは、いや、あの。あれは!?」

「あれ、とは。キスのことですか。」

「それ以外何があるっていうんですか!?」

「いえ、申し訳ないことをしてしまったと反省しております。わたくし、どのような処罰でも受ける所存ですので、どうかその点についてはご安心ください。」

「???何を何がどうご安心なんですか???」


 
 半ば成立していない会話を繰り広げる私たちは、はたから見ればなかなかに愉快だっただろう。

 しかしこうも強引に事を進められてしまっては、憤慨するのも当然というものだ。



「理由を説明してください。理由を。」

「それにはまず、こちらをご覧ください。」



 そう言って葵が取り出したのは、一枚の鏡。
高価そうなそれに移り込むのは、真っ白なルームウェアに身を包んだ見知らぬ少女だった。

 透き通るような白い肌に、大きな目。
栗色の髪はまさに理想の体現ともいえる艶を持ち、手入れが行き届いているように見えた。肩に手を当てれば、今までより格段に細い。箸よりも重たいものを持ったことがないのか?
 完璧と言わざるおえない体は、私の意志のまま、鏡の中で口をぱくぱくさせながら慌てふためいている。




「え、?」




 答えをねだるように葵を見つめれば、彼はすべて承知の上であるといわんばかりに余裕の笑みを浮かべる。





「貴方様には、千世お嬢様を演じていただきます。」




 この男はそう、言い放ったのだ。












「今日からこの屋敷も、私も、そして婚約者も。全てあなたのものです、ユウキ様。」












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