死神は優しかった
「……あのー」
声が聞こえる。
誰だろう。知らない人の声。
目を開けてみると、スーツを着た優しそうな青年が立っていた。
歳は私と同じくらいかそれより少し上……たぶん。
「……大丈夫、ですか?」
しゃがんで心配そうに私の顔を覗き込む。
アップでその顔が目に映った時、思わず息を飲んでしまった。
肌はほどよく白く、眉毛ほどの長さの前髪がとても似合うたれ目の癒し系イケメン。
……そう、つまり、私のドタイプだったのだ。
「え、あ、ちょ、あの、だだだだ大丈夫です、はい!!」
急いで立ち上がって服を払い、一目散にその場から逃げ出した。
……はずだった、のに。
「おっと危ない」
「……え?」
「ふふっ、本当に大丈夫なんですか?ちゃんと歩けてませんでしたよ」
立ち上がった拍子にバランスを崩してまた倒れそうになった。
ところを抱きかかえられて助けられた。
脈がどんどん加速していく。
距離が近すぎて言葉が出てこない。
とりあえず彼の腕を睨むことにした。
これで気づいてくれ、イケメン!!
期待通り、彼は私の視線に気づいたらしい。
慌てたように手を離し、そのまま道の端に私を座らせた。
「ご、ごめんなさい、俺、突然、は、ハグなんて……」
「い、いえ。助けてくれてありがとうございます」
彼は頭のあたりをポリポリとかいて、照れたように「い、いえ」と笑った。
「あ!!あの、これ!!」
思い出したようにポケットに手を突っ込んで、何かを差し出してきた。
花柄のハンカチ。あ、私のだ。
「え、これ……」
「あ、あの、あなたが倒れてるすぐ横に落ちてたんで、もしかしたら落としたのかなぁ~と、思い、まして……」
「そ、そうだったんですね!!ありがとうございます」
あ、やっぱり私倒れてたんだ。
確か、トイレに駆け込んで、落ち着いたから出てきたけどすぐあとに誰かにぶつかってこけて……
やばい、そこからの記憶が全然ない。
「す、すいません、あの、今何時ですか?」
彼は腕時計を確認して「11時半です」と答えた。
家を出たのが10時で駅に着いたのがその五分後だから……めっちゃ寝てたんじゃん私、しかも道の途中で。
恥ずかしいぃ……
今すぐ地球の裏側まで飛んでいきたい……あぁ、みじめだぁ……
今すぐ泣きたいのをぐっとこらえて、目の前の親切な青年に頭を下げる。
「ありがとうございました。私、帰ります。家もすぐそこなので……」
「え、でも大丈夫、なんですか、ほんとに」
「はい、まぁなんとか。ほんとにありがとうございました」
じゃあ、気をつけて。と彼は最後まで優しくしてくれた。
まるで王子様だ。
別れて一人になった時、そんなことを思ってにやけた。
「名前か連絡先だけでも聞いておくべきだったかな」
口にして気づいた。
あ、また私引っかかってる。
今日誓ったばかりなのに……
もしもう一度彼に出会えたら、きっと彼は死神になる。
会いたい、でも会いたくない。
甘酸っぱい、でもすごく苦い。
複雑な感情が、心の中にまた溢れていった。