死神は優しかった
昨晩のお酒が響いて案の定翌日の朝は地獄だった。
若干どころではない痛みを無理やり薬で抑えて仕事用の服に着替え、家を出る。
冷たい空気が肌を刺激してチクチクする。
歩いて5分の駅から電車に乗って30分。
この辺りではかなり名の知れた美容室が私の職場だ。
出勤したらそのまま休憩室に向かう。
いつも店には私が一番に着くので、朝のこの時間は優雅にコーヒーをたしなむ休憩時間になるのだ。
備え付けのコーヒーサーバーはスタッフならタダで何回でも使っていいことになっているからありがたい。
今日もその気満々で休憩室の扉を開けた。
「……え、」
「あ、おはよ、芽衣ちゃん」
そこには意外な人物がいた。
金メッシュの髪の毛に、小さなイヤリングをつけオーラからしてキラキラさせている彼は……
指名率ナンバーワンの当店の看板美容師、佐藤公希だ。
でも彼はいつももっと遅くに来ているはず……
なんでこの時間にしかもここにいるんだ?
「あ、なんで俺がいるんだ?って思ったでしょ、今」
「ま、まぁ……」
「あ、やっぱりー?じゃあさ、クイズね!俺はなぜここにいるんでしょうか!!」
「はぁー?」
めんどくさ……と、口が裂けても言えないようなことを心の中で呟いて、目の前の人気者を見据える。
本人は試すような目で私を窺いながら手元のコーヒーカップをすすっている。
「……分かりません、ギブアップ」
ほんとにめんどくさいからほぼ何も考えずに両手をあげる。
「えー。じゃあ答えね?」
「はい、なんでしょう」
「ここで芽衣ちゃんを待っていたから」
……は?
佐藤先輩、何を言ってるんです??
「ちょ、何を言ってるのかわかりません」
「だから、俺は芽衣ちゃんが来るのを待ってたの」
「何で?」
「何でも」
「はぁ?」
何でも、って何よ!!
理由になってない!!
佐藤先輩は膨れる私を見てただひたすらケラケラと笑っている。
「……ほんとに何なんですか?私に何か用なんでしょうか」
改めて訊いてみると、やっと「そう」と真面目な顔をした。
「俺さ、今度有給を取らせてもらいたいなって思ってんだけど、でもそのためには今溜まってる予約をそれまでに全部消化しなきゃなんないだろ?」
「え、有給の時にはその日だけ予約入れないようにすればいいじゃないですか」
「いや、そう思って予約リスト確認したら、一日どころか今年は全部もう埋まってた」
「え、毎日ですか!?」
「まぁ店が休みの日以外だけど」
「……こ、こわ」
やっぱりこの人って異次元だぁ……
「ってことでさ、休むにも休めないわけ。でも俺はどうしても休みたい日がある。だから芽衣ちゃんに手伝ってほしいなって」
「て、手伝ってほしい、とは」
「アシスタント。これから一週間、俺のそばでやってくんない?」
あ、あ、アシスタント……
まさかの私が、佐藤公希のアシスタント……!?!?
む、無理ですよ……
「だめ?」
首を傾げてこちらを見る。
あぁ、この仕草で世の女性を堕としてきたんだろうなぁとしみじみと思う。
「い、いや、あの、」
「あ、もちろんその期間のことについては店長にも言ってあるし、芽衣ちゃんにも今まで通りの給料が支給される」
「な、なるほど……」
「もちろんやりたくなければ無理して強制することもないけど。芽衣ちゃんには芽衣ちゃんの常連さんがいるしね、俺と行動してたら自分の仕事もあやふやになっちゃうかもしんないし」
「私の指名はどうしたら……?」
「芽衣ちゃんが指名された時はそっちに行っていいよ、もちろん。その時はアシスタントなしで俺一人でやる」
すでに入ってる予約が人より少ないから私を選んだんだろうし、お給料だって変わらないなら特に断る理由もないし……
で、でも。
やっぱり突然ナンバーワンの隣で働くとなるとそれはそれで色々と不安もありまして……
ど、ど、どうしよう……