死神は優しかった
「今日はどうなさいますか?」
今日初めて私を指名してくれたのはいつもここに通ってくれているおばあちゃんだった。
名前は石沼さな子さん。
毎回来るたびに私を指名してくれていろんな話を聞かせてくれる。
「今日ね、孫の結婚式なのよ。だからそうね~、晴れやかな感じにしてちょうだい」
「あら、お孫さんが!おめでとうございます!」
「ふふ、ありがとう」
「では、横に流して上品な印象の髪型にしましょう」
カットするためのはさみやくしが入ってる腰に巻くタイプのバックを前にして、取りやすいようにする。
「うちの孫は私にすごく頼ってくれてね、もう娘みたいな感覚よ」
「へぇそうなんですか、それは可愛いですよねぇ……ん?娘さんは仕事で忙しいってことですか?」
「いや、私の娘は去年病気で亡くなったの。それで父親と娘二人が遺されちゃってねぇ。三人で暮らせるってお父さんは言うけど仕事もあるしやっぱり心配だからうちに引っ越させたのよ」
……知らなかった。
さな子さんとはもうたくさん話してきたけど、まだまだ知らないこともたくさんあるんだ。
「その子がもう結婚だものねぇ……涙出そうだわ」
「ここで泣いちゃだめですよ~ちゃんと、式場で、ね!」
「そうね~ほんとに。もうウエディングドレス着て登場した瞬間に号泣しそうで怖いわ……年齢重ねると涙腺ももろくなるのよねぇ」
「私めちゃくちゃ涙腺もろいですよ」
「え、まだ若いじゃない~。あ、じゃあこれからもっと泣き虫になるのかしら」
「それは困ります~」
さな子さんが楽しそうに笑っている。
それだけで私も自然と楽しくなってくる。
チョキチョキとはさみを進めていった、その時。
「……きっと、天国の娘も笑顔で見守ってくれてると思うわ」
さな子さんはさっきまでとは全然違う声でぽつりとつぶやいた。
とても小さな声で、本当にぽつりと。
私に聞かせるよりも、自分自身にそう言い聞かせるように、そうつぶやいていた。
私もつい、はさみを動かす手が止まる。
鏡に映ったさな子さんは、少し寂しそうに見えた。
「……あの子、がんだったの」
さな子さんは深呼吸を一度して、そう話し始めた。