敏腕弁護士との政略結婚事情~遅ればせながら、溺愛開始といきましょう~
黙って顎を動かし、中を改めるよう促されるだけ。
彼も無言で溜め息をつき、封筒の中身を取り出した。


カサッと音を立てて、書類を開く。
そして。


「っ……」


櫂斗は思わず息をのみ、一瞬言葉を失った。
手にしたのは、これまで抱えた案件柄、見慣れたと言っていい診断書だ。
彼の反応を一から十まで観察していた所長が、わずかに口角を上げる。


「わかるか? 私はもう、この先長くはない」


言われなくても、そこに記されている数値を見れば、よくわかる。


「膵臓癌……所長が?」


櫂斗は呆然と呟き、診断書から目を上げた。
まっすぐ視線を向けると、所長はどこか自嘲的な笑みを浮かべる。


「もはや、手の施しようがないそうだ。もって、あと半年……」


返ってきた言葉に、櫂斗はきゅっと唇を噛んだ。
膵臓癌……胃の奥深いところにある臓器のため、異常の発見が難しい。
それ故、『サイレントキラー』とも言われる難治癌だ。


自覚症状も乏しく、発見された時には、かなり進行していることが多い。
所長も、すでにステージ5という診断。
いわゆる、末期癌だ。


さすがに櫂斗も、とっさになんと言っていいかわからず、絶句した。
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