敏腕弁護士との政略結婚事情~遅ればせながら、溺愛開始といきましょう~
所長との話を終えて退室すると、櫂斗は背中で押すようにしてドアを閉めた。
軽く天井を見上げて、ハッと短く浅い息を吐く。


(この事務所と、三田村さんを……)


背にしたドアの向こうで、所長の話を聞いていた時は、裏がわからない分、どこか他人事のような感覚を拭えずにいた。
だが今は、確かな高揚感が湧き上がってくる。


所長が『君の人生に係ることだ。慎重に考えてみてくれ』と言ったから、それに合わせて『少しだけ考える時間をください』と答えた。
しかし彼は、自分が置かれた状況とこの後の未来を、リアルに脳裏に思い描いていた。


所長は、今抱えている仕事が片付き次第、引退すると言った。
患っている膵臓癌はもう手の施しようもないが、ペインケアを受けるために入院加療するそうだ。


そうなると、櫂斗がこの事務所の所長の座に就くのは、早ければもうほんの一ヵ月後ということ。
そしてその時、彼の隣に、所長の娘の葵が妻として寄り添っている――。


「…………」


口元を手で覆い、無意識に眉間に皺を刻みながら、目線を横に流して思案する。
と、その時。


「須藤先生」


名を呼ばれ、ハッとして顔を上げた。
そして。
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