敏腕弁護士との政略結婚事情~遅ればせながら、溺愛開始といきましょう~
「っ……」


まさに脳裏で描いていた女性を目にして、櫂斗は短く息をのむ。


「お疲れ様でした。あの……所長とのお話は終わったんですか?」


仕事を終えて退勤するところといった様子で、肩にバッグを提げた葵がそこに立っていた。
少なからず、自分の父親が彼となにを話したのか気にしているようで、ぎこちなく首を傾げている。


「ええ……」


彼女は、この話を知っているのだろうか?
口を突いて出かけた質問を、櫂斗はグッとのみ込む。
知っていたら、こんな平然と、訊ねてきたりはしないだろう。


以前から、多少は耳にしている。
所長の妻は病弱で、葵を産んですぐ亡くなったそうだ。
四十を過ぎて初めての子供を授かり、我が子を抱きながら妻を看取った所長は、最愛の妻の忘れ形見である葵を溺愛していた。
病的なほど過保護なのも、妻を失った喪失感が根底にあると思えば理解できる。
所長はその後新しい妻を娶らず、仕事と娘の成長だけを生きがいにしていた。


そうやって育てられた筋金入りの箱入り娘の葵も、腕利きの弁護士である父親を尊敬している。
所長が余命幾ばくもない末期癌と知れば、当然取り乱すだろう。
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