敏腕弁護士との政略結婚事情~遅ればせながら、溺愛開始といきましょう~
それほど背は高くなく、身体も痩せているのに、その身から滲む威厳のせいか、とても大きく感じる。
葵は条件反射で、シャキッと背筋を伸ばした。


「葵、須藤君の執務室の前で、なにをやっている?」


靴の踵を廊下にカツッと鳴らし、こちらに歩いてくる父の前で、無意識にごくっと喉を鳴らす。


「え、っと……。た、頼まれていた書類を、お届けに」


とっさにそう返したものの、今、手に書類などない。
父の視線が自分の手元に動くのに気付き、葵は慌てて両手を背に回した。
そんな反応だけで、父は彼女がなにを気にしているのか、見抜いたのだろう。
ふっと目を細めると、


「葵、久しぶりに外食して帰らないか。そうだな……銀座のフレンチレストラン『sophia』はどうだ?」


やや声のトーンを上げて、穏やかに笑いかける。


「え? あ、はい」


銀座のフレンチーー。
父が口にしたのは、とっておきの祝い事がある時、昔からよく行く名店だ。
かなり上機嫌なのは、葵にも察せられる。


「それなら急ごう」


父はそう言って、彼女に踵を返した。
そのまま来たばかりの廊下を戻って行く父に「はい」と返事をしながら、葵はもう一度櫂斗の執務室を気にした。
彼との密談が父をこれだけご機嫌にさせたとわかるからこそ、やはり気になって落ち着かない。
後ろ髪を引かれる思いで、父の背を追った。
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