敏腕弁護士との政略結婚事情~遅ればせながら、溺愛開始といきましょう~
名実共に、所内きっての花形弁護士だ。


「先生、あの……」


悠然と階段を下りる彼の横顔を、窺うように見ていた聖子が、そっと呼びかけた。
櫂斗は彼女に横目を向けて、ピクリと眉尻を上げるだけで応じる。


「よかったら、この後夕食行きませんか。今日の勝訴、一年半の弁護活動の集大成です。お祝いと慰労会も兼ねて……」


三十分ほど前まで、ここには多くの報道陣が群がっていた。
しかし、勝訴の第一報を手にした記者たちは、一刻も早く記事にするために踵を返し、あっという間に霧散した後だ。
今はまったく人気がない。
それでも聖子は、意味もなく辺りを気にして目を走らせ、声を潜めてコソッと誘いかける。


櫂斗は心の中で溜め息をつき、彼女の言葉の途中でスーツの左袖を摘まんだ。
そこから海外の高級ブランド腕時計を覗かせ、黒いフェイスに目を落とす。


「申し訳ありませんが……」


彼がそう言いかけた時、上着のポケットに入れてあったスマホに着信があった。
機械的な電子音と共に、軽くバイブするそれを手に取り、「もしもし」と応答する。


『お疲れ様です。三田村総合法律事務所の三田村です』


櫂斗の耳に、落ち着いた柔らかい女性の声が届いた。
< 3 / 17 >

この作品をシェア

pagetop