敏腕弁護士との政略結婚事情~遅ればせながら、溺愛開始といきましょう~
ここでも向けられる祝辞を、彼は質問で淡々と遮った。


「あ、はい」


葵は弾かれたように、シャキッと背筋を伸ばす。
ふわりと髪の毛先を揺らして、後方にある所長室を振り返った。


「先生のお戻りを、先ほどからお待ちです。……その、人払いをしてまで」


どこか訝しげに目線を彷徨わせるのを見て、櫂斗もほんのわずかに眉根を寄せた。


「人払い?」


語尾が上がったが、彼女に問いかけたわけではない。


(一年半がかりの裁判が終わったタイミングで、わざわざ俺だけ呼び戻して人払い……?)


なにか、トップシークレット級の話題が待ち構えているのは、想像に難くない。


「すみません。お疲れのところ……」


葵は、彼の思考回路を見透かしてはいないようで、ただ恐縮し切って肩を縮めている。
そんな彼女を目線だけで見下ろし、櫂斗は小さな吐息を漏らした。


「構いません。じゃあ、行ってきます」

「あ」


なにか言いたげに顔を上げた彼女の横を、ふいっと通り過ぎる。
彼女の視線を背に受けたまま、所長室の前に立った。
らしくなく、やや緊張感を覚えながら、


「所長、須藤です。ただいま戻りました」


冷静を装い、コツコツと、二度ドアをノックする。


「待ってたよ。入ってくれ」


還暦をとうに過ぎた、所長の声が返ってきた。
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