敏腕弁護士との政略結婚事情~遅ればせながら、溺愛開始といきましょう~
所内のくだらない噂を真に受けてはいないだろうが、狡猾にからかってきた所長への棘を込める。
それも満足だったようで、初老の所長は、「ふん」とほくそ笑んだ。


「そうだったな。本当に、この事務所がここまで大きくなったのも、君のおかげだ」

「……恐縮です」


上司であり恩師でもある所長の手放しの称賛に、櫂斗はサッと警戒心を走らせた。


今日結審した医療過誤の上告審は、この事務所が抱える多数の訴訟案件の中でも、最重要事案だった。
しかし、そもそも櫂斗は、勝訴で浮かれる弁護士ではない。


T大法学部在学中に、司法試験に合格した。
三十歳という若さで、すでに十年の経歴を持つ、エリート中のエリート弁護士。
得意としている医療訴訟だけではなく、企業裁判でも刑事事件でも、オールマイティーにこなせる彼が、この程度で労われるわけにいかない。


「それで、所長。彦田さんを直帰させて、僕を呼び戻した。人払いをしてまでのお話とは、いったいなんでしょう?」


テーブルからカップを取り、コーヒーを一口啜った。


「なにも本気で、僕の交友関係を暴きたいわけではない……でしょう?」


このまま所長のペースに合わせていては、足元を掬われる。
櫂斗は静かに、しかしズバリと切り出し、所長に本題を促した。
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