ゆうかユスリカ
タマキ先輩の表情に段々と影を感じ、また私もクラノも、今の会話で彼が置かれている状況について理解できた。


それはクラノが、私の"先輩嫌い"を知りつつ文芸部を勧めてきた意味も、同様にだった。


「だから今の文芸部のメンバーは、僕とクラノくんの二人だけでね」


「……そうだったんですね」


「顧問のキイ先生も一応参加はするけど、毎日の朗読会や、本の感想を言い合ったりとかはほとんど部員だけで行うんだ。
あと文芸部は図書委員も兼任していて、図書室だよりを作ったりもしてるね」


「丁度昨日朗読会したんだけど、シオン先輩の作品って、すっげー面白いんだぜ!
芥川賞取れるレベル!」


「ふふ、因みに今日は、本の感想を言い合ったりしようと思っていてね。
限られた時間の中で読めるだけ本を読んで、部員内で内容を発表したりするんだよ」


タマキ先輩は、図書室の棚から数冊本を取り、それを机の上にズラリと並べていく。


ミステリー小説であったり、恋愛小説だったりと幅広いジャンルのものが集められたが、私はやはりタマキ先輩も執筆に参加した、《ユスリカ》という題名の小説が気になっていた。


それは単純に内容が気になったから、ではなくタマキ先輩の瞳の奥で書き記される物語がどんなものであるか、知りたいという気持ちがあったからだ。


「ゆうかも、よかったら参加するか?」


様子を見かねたクラノが私にそう言い、またタマキ先輩も「ゆうかちゃんが良ければ、ぜひ」と誘う。


私は、《ユスリカ》が読めるのなら……と思い、2人に参加する旨を伝える。


「30分後、また声を掛けるから。
それまで本を汚したり破いたりしなければ、自由に読んで構わないよ。
この前なんか、クラノくんはお菓子を食べながら本を読んでたしね?」


「タピオカミルクティーはお菓子じゃなく飲み物っすよ~!
あ、そうだそうだ。
ここ図書室だけど、別にお話してもOKだからな。
じゃあ俺は、このミステリー小説にしよっと」


「僕は久しぶりに恋愛小説を読もうかな。
ゆうかちゃんは、どうする?」


「……では、私は《ユスリカ》をお借りしますね!」


30分の間、全体的な動きは様々だった。


まずクラノは、手が汚れないチューブ型のゼリーを吸いながら、物語の展開に合わせコロコロ表情を変え、自由に本を読んでいた。


それと対照的に、タマキ先輩は涼しげな表情で、本と向き合っている。


私はちらりと彼の姿を盗み見たが、彼は本から目を離さず、どっぷりと世界へと漬かっていることが伺える。


私も本の世界に漬かるように、集中して文章によく目を通す。


数十分もすれば私は、《ユスリカ》から紡ぎ出される、悲しくも儚い美しい物語の虜になるかのように、一筋の涙が頬を滑り落ちていった。





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